高屋庸彦

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高屋 庸彦
生誕 1884年7月31日
日本の旗 日本 愛知県
死没 (1964-09-01) 1964年9月1日(80歳没)
所属組織  大日本帝国陸軍
軍歴 1905年 - 1935年
最終階級 陸軍少将
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高屋 庸彦(たかや つねひこ[1]、1884年(明治17年)7月31日[2] - 1964年(昭和39年)9月1日[2])は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍少将。

経歴

1884年(明治17年)に愛知県で生まれた[2]。陸軍士官学校第17期、陸軍大学校第25期卒業[2]。1929年(昭和4年)8月1日に陸軍工兵大佐進級と同時に鉄道第1連隊長に着任[1]。1930年(昭和5年)8月に参謀本部通信課長に転じ[1]、1933年(昭和8年)2月14日に関東軍司令部附となり[1]、10月16日に関東軍特務部員に就任した[1]。

1934年(昭和9年)3月5日に陸軍少将に進級し[1]、8月1日に澎湖島要塞司令官に着任[2]。1935年(昭和10年)3月15日に待命[2]、3月30日に予備役に編入された[2]。

栄典

勲章等

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 外山 1981, 221頁.
  2. 1 2 3 4 5 6 7 福川 2001, 429頁.
  3. ↑ 『官報』第4438号・付録「辞令二」1941年10月23日。

参考文献

  • 福川秀樹 編著『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。ISBN 4829502738。 
  • 外山操 編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。ISBN 4829500026。