高常賢

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高 常賢
各種表記
ハングル: 고상현
漢字: 高 常賢
発音: {{{nihonngo-yomi}}}
日本語読み: こう じょうけん
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高 常賢(こう じょうけん、朝鮮語: 고상현、生没年不詳)は、漢王朝の武帝が紀元前108年に朝鮮半島に設置した植民地である楽浪郡の嶺東七県の1つである沃沮県の県長[1]。楽浪郡の郡治に土着化した漢人とみられる[2]。

概要

1961年、平壌の楽浪古墳群の梧野里の木槨墳から、「夫租長印」という文字が彫られた銀印が出土し、木槨のなかに2つの木棺があり、西側は女性であり、北側に漆器、瓦器があり、西側の空間に鏡、馬面、馬鈴、弩機、車馬具、黒漆器などがあり、木棺内は細形銅剣があった[1]。「高常賢印」という印文の銀印も出土した[3]。

銀印を死後の世界に携えた高常賢の勢威には目を見張るものがある[2]。

脚注

  1. 1 2 田中俊明『『魏志』東夷伝訳註初稿(1)』国立歴史民俗博物館〈国立歴史民俗博物館研究報告 151〉、2009年3月31日、421頁。
  2. 1 2 芹沢長介・森浩一・大塚初重 編『考古学ゼミナール 学生版』山川出版社、1976年3月10日、266頁。ISBN 4-634-65120-3。
  3. ↑ 전덕재 (2017年7月). “한국 고대사회 外來人의 존재양태와 사회적 역할” (PDF). 東洋學 第68輯 (檀國大學校 東洋學硏究院): p. 111. オリジナルの2022年4月23日時点におけるアーカイブ。