魚住隼人

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魚住 隼人(うおずみ はやと、生没年不詳)は、戦国時代の武将。尾張国魚住城城主(愛知県北名古屋市)[1]。

略歴

鹿田村の住人 [1]。初めは斯波氏に仕え、後に織田信長に仕えた。『信長公記』によると隼人は信長の馬廻を務め、武勇の者と記されている[2]。 永禄3年(1560年)桶狭間で信長方に属し首級を挙げた。

1580年、信長は柴田勝家の長陣を心配し、魚住隼人・木下祐久らに様子を見に行かせた [3]。

参考文献

  • 『尾張』(磯部甲陽堂、1926年、290p)
  • 『石川県史第1編』(石川県、1938年、809p)

脚注

  1. 1 2 磯部甲陽堂 1926, p. 290.
  2. ↑ “尾張魚住城”. 2022年9月27日閲覧。
  3. ↑ 石川県 1938, p. 809.

外部リンク