鳥取滋治郎

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とっとり しげじろう

鳥取 滋治郎
生誕 1924年2月1日[1]
香川県[1]
死没 (2013-02-10) 2013年2月10日(89歳没)[1]
東京都港区北里研究所病院
死因 急性白血病[1]
墓地 伝叟院
出身校 東京帝国大学法学部[1]
肩書き 三井物産海外業務部長[1]
東邦物産専務[1]
東海観光会長[2]
配偶者 鳥取二三子[1]
子供 憲仁親王妃久子[1]
親 父・鳥取為三郎[3]
母・久壽[3](或は久嘉[4])
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鳥取 滋治郎(とっとり しげじろう、1924年〈大正13年〉2月1日 - 2013年〈平成25年〉2月10日)は、日本の実業家。鳥取綱太郎(元四国コカ・コーラボトリング社長)は実兄。憲仁親王妃久子の父。承子女王、千家典子、守谷絢子は孫にあたる。

経歴

香川県[1]三豊郡笠田村(現三豊市豊中町)出身。鳥取為三郎の二男[4]。東京帝国大学法学部を卒業した[1]。

東邦物産の専務[1]、フランス三井物産の社長[5]、東海観光会長[2]などを務めた。

晩年は日本学生協会基金で講演を行うなどの活動をしていた[6][7]。

2002年(平成14年)に娘婿に当たる皇族の高円宮憲仁親王の葬儀では親族総代を務めた[2]。

2013年(平成25年)2月10日に急性白血病のため死去[8]。89歳没。

家族・親族

鳥取家

(香川県三豊市豊中町、東京都)
鳥取家は香川県三豊郡笠田村(現三豊市豊中町)の旧家である。
嘉永6年4月生[9] - 没
1886年(明治19年)家督を相続する[9]。農業を営み香川県多額納税者である[9]。
1888年(明治21年)2月生[10] - 没
1911年(明治44年)早大商科を卒業し祖業を継ぎ仁尾塩田、讃岐煉瓦各会社の取締役である[10]。宗教は浄土真宗[10]。
  • 母・久壽[3](或は久嘉[4])(香川、岩井徳一の妹[10])
1898年(明治31年)1月生[10] - 没
1919年(大正8年)12月生[10] - 2006年(平成18年)3月2日没[11]
1927年(昭和2年)生 - 2023年(令和5年)7月18日没[14][15]
フランス語婦人会(ALF)で事務局長、会長、特別顧問を歴任[13]。
2013年、フランス共和国レジオン・ドヌール勲章オフィシエを受章[13]。祖父である曾我祐邦、父親である友田二郎に続き、三世代連続でのレジオン・ドヌール勲章受章となった[13]。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 “鳥取滋治郎氏死去=高円宮妃久子さまの父”. 時事ドットコム (時事通信社). (2013年2月10日) 2013年2月15日閲覧。
  2. 1 2 3 “鳥取滋治郎氏死去 高円宮妃久子さまの父”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2013年2月10日) 2013年2月15日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 『大衆人事録. 第12版 近畿・中国・四国・九州篇』香川五
  4. 1 2 3 『人事興信録. 第11版』(昭和12年)下ト一〇一
  5. ↑ 高円宮妃久子さまの父、鳥取滋治郎氏(19日、東京都品川区・桐ヶ谷斎場)
  6. ↑ JNSA基金活動報告 : 鳥取様による講演会 JNSA基金
  7. ↑ “高円宮妃久子さまの父、鳥取滋治郎氏(19日、東京都品川区・桐ヶ谷斎場)”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2013年2月20日) 2013年3月4日閲覧。
  8. ↑ 高円宮妃久子さまの父・鳥取滋治郎さん死去 日テレプラス 2013年2月10日閲覧
  9. 1 2 3 4 5 『人事興信録. 第8版』(昭和3年)ト六五
  10. 1 2 3 4 5 6 7 8 『人事興信録. 第13版』(昭和16年)下ト七一
  11. ↑ “鳥取綱太郎氏死去/元四国コカ・コーラボトリング社長”. 四国新聞. (2006年3月3日) 2017年11月30日閲覧。
  12. ↑ 日本経済新聞 昭和59年7月25日 30面
  13. 1 2 3 4 “鳥取二三子、横川洋子両氏が勲章を受章”. 駐日フランス大使館 (2013年12月2日). 2021年6月20日閲覧。
  14. ↑ “鳥取二三子さん死去 高円宮妃久子さまの母”. 産経新聞社. (2023年7月19日) 2023年7月19日閲覧。
  15. ↑ “高円宮妃久子さまの母、鳥取二三子さんが死去 96歳”. 朝日新聞社. (2023年7月19日) 2023年7月19日閲覧。