鳥居忠宗

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鳥居 忠宗 (とりい ただむね、生年不詳-天文16年9月28日(1547年11月10日))は、戦国時代の武将。鳥居忠吉の長男 [1]。通称源七郎。

略歴

松平広忠に仕える。天文16年、松平信孝らが織田信秀側に寝返り岡崎城を襲おうとした[2]。9月28日、忠宗は渡河内に兵を率いて信孝軍と戦うも、松平清兵衛に討たれた[2]。 法名雪心。墓所は愛知県岡崎市の渡城跡に市の鳥居氏一族発祥の地にある[3]

参考文献

  • 『寛政重修諸家譜第三輯』(国民図書、1922年、1046p)

脚注

  1. ↑ “鳥居氏”. 2022年10月4日閲覧。
  2. 1 2 国民図書 1922, p. 1046.
  3. ↑ “【K-AC106】鳥居忠宗墓所”. www.his-trip.info. 2024年12月8日閲覧。

外部リンク