鹿伏兎宗心

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鹿伏兎宗心
時代 戦国時代
生誕 不詳
死没 元亀元年(1570年)
別名 豊前守
主君 関盛信
氏族 鹿伏兎氏
父母 鹿伏兎定長
兄弟 鹿伏兎定義、鹿伏兎定保
子 鹿伏兎盛氏、鹿伏兎四郎
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鹿伏兎 宗心(かぶと そうしん)は戦国時代の武将。鈴鹿郡鹿伏兎城主 [1]。鹿伏兎定長の子。定秀とも。

略歴

元亀元年(1570年)、姉川の戦いにおいて浅井勢に属した。自身の居城を叔父と弟の定義に任せ、自身は小谷城に入城 [1]。佐々成政や酒井忠次らと戦い敗れ討した[2]。

参考文献

  • 『鈴鹿郡野史』(柴田厚二郎 、1927年、32p)

脚注

  1. 1 2 柴田厚二郎 1927, p. 32.
  2. ↑ “戦国武将録”. 2022年9月10日閲覧。[出典無効]