黄漢樑

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黄 漢樑
Who's Who in China 3rd ed. (1925)
プロフィール
出生: 1892年(光緒18年)[1]
死去: 不詳
出身地: 清の旗 清 福建省泉州府同安県
(現:廈門市思明区)
職業: 政治家
各種表記
繁体字: 黃 漢樑
簡体字: 黄 汉樑
拼音: Huáng Hànliáng
ラテン字: Huang Han-liang
和名表記: こう かんりょう
発音転記: フアン ハンリアン
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黄 漢樑(こう かんりょう)は中華民国の政治家。「黄漢梁」と表記される場合もある[2]。

事績

公立北京清華学校を卒業し、アメリカへ留学する。ミシガン大学とプリンストン大学を経てコロンビア大学に入学し、哲学博士号を取得した。1918年(民国7年)に帰国し、銀行界で就職する。上海やマニラで勤務した後、1923年(民国12年)、匯豊銀行香港分行行長となる。

1930年(民国19年)、国民政府鉄道部において顧問となる。同年9月、整理招商局委員会委員となり、翌月には鉄道部次長兼英国庚子賠償委員会委員となった。1931年(民国20年)12月から翌年1月まで、短期間ながら財政部長署理となっている。鉄道部常務次長も同時に退任した。

これ以後の黄漢樑の活動・行方については不明である。

注

  1. ↑ 中華民国財政部ホームページ「財政部財政史料陳列室」は1893年(光緒19年)とする。一方、Who's Who in China 4th ed.は1899年生まれとしているが、これは経歴的に誤りと思われる。
  2. ↑ 劉寿林ほか編『民国職官年表』527頁。

参考文献

  • 徐友春主編『民国人物大辞典 増訂版』河北人民出版社、2007年。ISBN 978-7-202-03014-1。 
  • 劉国銘主編『中国国民党百年人物全書』団結出版社、2005年。ISBN 7-80214-039-0。 
  • 「黄漢樑」「財政部財政史料陳列室」財政部ホームページ
  • Who's Who in China 4th ed. The China Weekly Review (Shanghai) , 1931.
  • 劉寿林ほか編『民国職官年表』中華書局、1995年。ISBN 7-101-01320-1。 
中華民国の旗 中華民国
先代
宋子文
財政部長(署理)
1931年12月 - 1932年1月
次代
宋子文