黒木茜

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黒木 茜
個人情報
国籍日本の旗 日本
生誕 (1978-08-13) 1978年8月13日(48歳)
兵庫県加古川市
公式サイトhttps://akanekuroki.com/
スポーツ
国日本の旗 日本
競技馬術
種目馬場馬術
獲得メダル
馬術
日本の旗 日本
アジア競技大会
金2018 ジャカルタ馬場馬術団体

黒木 茜(くろき あかね、1978年8月13日 - )は、日本の馬場馬術選手、実業家。兵庫県加古川市出身[1][2]。

略歴

兵庫県立東播磨高等学校から神戸総合医療専門学校に進み、放射線技師として就職。 20歳の時、自宅近くの乗馬クラブで体験乗馬をしたことがきっかけで乗馬を始め、25歳から本格的に馬術競技に取り組み始める[3]。

2012年の全日本馬場馬術大会のセントジョージ賞典クラスで5位に入賞。これを転機として、活動を強化するため33歳で起業。活動拠点をオランダに移す。

2015年にドイツ・ペルルで行われた2016年リオデジャネイロオリンピック地域予選競技会に日本代表として初選出され、本大会の団体枠獲得に貢献[4]。新たなパートナーに2012年ロンドンオリンピックに出場したトゥッツ[5]を迎え、2016年リオデジャネイロオリンピックに出場し、個人で50位、団体で11位。2018年アジア競技大会に出場し、団体金メダルを獲得。その後拠点をドイツに移し2020年東京オリンピックを目指していたが、愛馬の体調を理由に代表選考会出場を辞退した[6][7]。

2025年12月、第1子を出産[8]。

人物

  • 日本とヨーロッパを2週間ごとに往復する生活を10年以上続けている。
  • 競馬ファンでもあり、クロフネを競馬場で生観戦している。
  • 最初の自馬が1996年の青葉賞馬のマウンテンストーンだった。乗馬としても障害馬術も馬場馬術もできる優秀な競技馬で、マウンテンストーンから馬場馬術の魅力を教わったという。

主な成績

オリンピック競技大会

アジア競技大会

脚注

  1. ↑ Akane KUROKI | FEI.org
  2. ↑ 黒木 茜 (馬術) - ジャカルタ・パレンバアジア競技大会2018 - JOC
  3. ↑ “黒木茜が築く「社長」というキャリア 二足のわらじを履くアスリートたち”. 東京2020オリンピック競技大会公式ウェブサイト (2020年9月8日). 2021年5月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年1月12日閲覧。
  4. ↑ “リオ・オリンピック馬場馬術団体枠獲得!”. 公益社団法人 日本馬術連盟 (2015年9月12日). 2026年1月12日閲覧。
  5. ↑ Horse Performance | FEI.org
  6. ↑ “愛馬の「突然の死」を乗り越えた馬場馬術・黒木茜が、東京オリンピックへの挑戦を諦めた理由「一番大切なのは…」”. Number Web. 文藝春秋 (2021年8月23日). 2026年1月12日閲覧。
  7. ↑ 黒木 茜(@akane_kuroki) • Instagram写真と動画
  8. ↑ “【馬術】リオ五輪代表の47歳黒木茜が昨年12月に第1子出産報告 名前と写真も公開”. 日刊スポーツ (2026年1月12日). 2026年1月12日閲覧。
  9. ↑ “《アジア大会》馬場馬術団体金メダル 選手&監督コメント”. 公益社団法人 日本馬術連盟 (2018年8月21日). 2026年1月12日閲覧。
  10. ↑ “《アジア大会》馬場馬術個人決勝に高橋と照井が進出!”. 公益社団法人 日本馬術連盟 (2018年8月21日). 2026年1月12日閲覧。

外部リンク