伊興
| 伊興 | |
|---|---|
| 町丁 | |
北緯35度47分43秒 東経139度47分03秒 / 北緯35.795414度 東経139.7841度 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 特別区 |
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| 人口情報(2025年(令和7年)1月1日現在[1]) | |
| 人口 | 13,034 人 |
| 世帯数 | 6,746 世帯 |
| 面積([2]) | |
| 0.854731185 km² | |
| 人口密度 | 15249.24 人/km² |
| 郵便番号 | 121-0823[3] |
| 市外局番 | 03(東京MA)[4] |
| ナンバープレート | 足立 |
| 伊興本町 | |
|---|---|
| 町丁 | |
![]() | |
| 北緯35度47分59.19秒 東経139度47分13.73秒 / 北緯35.7997750度 東経139.7871472度 | |
| 国 |
|
| 都道府県 |
|
| 特別区 |
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| 人口情報(2025年(令和7年)1月1日現在[1]) | |
| 人口 | 2,939 人 |
| 世帯数 | 1,486 世帯 |
| 面積([2]) | |
| 0.217289097 km² | |
| 人口密度 | 13525.76 人/km² |
| 郵便番号 | 121-0807[5] |
| 市外局番 | 03(東京MA)[4] |
| ナンバープレート | 足立 |
伊興(いこう)は、東京都足立区北部の地名、および地域名称。ここでは隣接する伊興本町(いこうほんちょう)についても扱う。現行行政地名は伊興一丁目から伊興五丁目、伊興本町一丁目および伊興本町二丁目。
地理
東京都足立区北部の伊興地域の中・東部に位置する。町域内には寺社が多く点在し、特に東伊興四丁目一帯は「伊興寺町」と呼ばれている。 旧伊興町は、広範囲であり、現在の住居表示では、伊興、伊興本町、西伊興、東伊興、西竹の塚になる。 本項では、旧伊興町についても記述する。
地価
住宅地の地価は、2025年(令和7年)1月1日の公示地価によれば、伊興本町1-13-19の地点で35万1000円/m2となっている[6]。
伊興町の歴史
- 江戸時代・新編武蔵風土記稿(小名:早房厨子 会田 北根 下り戸(おりと) 西島 横沼)
- 1868年武蔵国足立郡淵江領伊興村
- 1872年東京府南足立郡淵江領伊興村
- 1889年5月1日 南足立郡淵江村に編入 南足立郡淵江村大字伊興
- 1891年4月1日 南足立郡淵江村より独立 南足立郡伊興村
- 1932年10月1日南足立郡が東京市に編入し足立区になり、東京市足立区伊興町になる。伊興村には、大字がなく、16の小字で構成されていた。東京市に編入される際に、「通し地番の町村は小字の区域を以て新町の区域とすること」「小字名に旧町村名を冠記したるものを以て新町名とすること」という東京市の整理方針基準条項に旧伊興村が該当していた。小字名に伊興町を冠して新町名とした。
- 1943年7月1日東京市が東京都になり東京都足立区伊興町となる。
- 1963年 伊興地域の土地改良事業は、伊興町の西地域と東地域での耕地整理を開始した。伊興町大境、伊興町本町、伊興町見通の全域、伊興町狭間・伊興町白幡の一部(寺町付近)は、宅地化していたために範囲外。
- 1967年12月 耕地整理が終了。
- 1968年4月1日 赤山道以西の伊興町吉浜、伊興町五反田の全域、伊興町一丁目、伊興町京伝、伊興町番田、伊興町槐戸、伊興町諏訪木、古千谷町、舎人町の一部をもって西伊興町が成立。赤山道以東の伊興町聖堂の全域、伊興町五庵、伊興町谷下、伊興町白幡、伊興町狭間、竹塚町の一部をもって東伊興町が成立(住居表示は未実施で地番表示)
- 1987年10月10日 伊興地域の住居表示が実施され、伊興一丁目~五丁目が成立。(同時に西伊興・西竹の塚地域も行われた)
- 1997年10月4日 住居表示が実施され、伊興本町一丁目 ~二丁目が成立。
- 2001年11月17日 東伊興四丁目の住居表示において、残存していた伊興町狭間、伊興町白幡は消滅し、伊興町はなくなった。同日、東伊興町も消滅。現在、西伊興町の一部だけが舎人公園内に残存。
- 伊興町区域は広く、南は西新井町、東は竹塚町、保木間町に、北は埼玉県、西は古千谷町、谷在家町に接していた。一番西端は、東武線の東側、毛長川の水神橋西側まで広がっていた。
| 旧町名 | 旧番地 | 詳細 | 人口(1957年1月) |
|---|---|---|---|
| 1~374番地 | 「やじった」とも呼ばれていた。現在の東伊興2丁目付近から西保木間4丁目の毛長川沿い付近。毛長堀北側に残存していた。(現在の東伊興2丁目5・21番)1999年に消滅。 | 0人 | |
| 375~517番地 | 東伊興一丁目西側。聖一の橋からはんの木橋の赤山街道東側。1968年に消滅。 | 9人 | |
| 518~591番 | 東伊興一丁目西側。滝野川信用金庫付近から聖一の橋の赤山街道東側。1997年に消滅。 | 62人 | |
| 592~940番 | 東伊興四丁目付近。土地改良事業は未実施。伊興寺町とも呼ばれていた。2001年に消滅。 | 153人 | |
| 941~1093番 | 東伊興三丁目付近。史跡公園は、白旗塚と言われていた。2001年に消滅。 | 16人 | |
| 1094~1481番 | 伊興本町一丁目,西竹の塚二丁目,東伊興三丁目南部付近。竹ノ塚駅東口付近まで存在。1999年に消滅。 | 885人 | |
| 1482~1561番 | 「みとおり」とも呼ばれていた。赤山街道の西側。西竹の塚一丁目北部、伊興三丁目一部。七曲りまでの地域。1987年に消滅。 | 527人 | |
| 1562~2046番 | 伊興一丁目、伊興三丁目の広い範囲。1987年に消滅。 | 1142人 | |
| 2047~2510番 | 西新井三丁目9番以上、西新井四丁目26番から38番付近。多くの地域は、(1967年)に、西新井三~四丁目へ編入。1987年の住居表示まで、伊興一丁目5番、6番に残存。 | 67人 | |
| 2511~2729番 | 現在の伊興一丁目とは異なる。西伊興小学校付近から西新井消防署と西伊興一丁目1~4番付近。1968年に消滅。 | 11人 | |
| 2730~2979番 | 伊興小学校西側と西伊興二丁目、三丁目東側付近。1968年に消滅。 | 42人 | |
| 2980~3769番 | 元々は村廻とよばれていた。伊興二丁目,四丁目、五丁目の広い地域。本木堀より、西側。南は源正寺、北は伊興中学校付近。1997年に消滅。 | 1879人 | |
| 3770~3901番 | 西伊興4丁目付近。ライフ、西伊興クリニック付近。1968年に消滅。 | 52人 | |
| 3902~4086番 | 「ばんだ」とも言われる。西伊興4丁目西側付近。西新井堀と本木堀に挟まれた地域。1970年に消滅。 | 0人 | |
| 4087~4394番 | 西伊興1丁目から皿沼3丁目付近まで。1968年に消滅。 | 7人 | |
| 4395~4647番 | 西伊興1丁目の西部と西新井4丁目43~45番付近。1968年に消滅。 | 25人 |
| 町名 | 住居表示実施直前の町名 | 住居表示実施日 |
|---|---|---|
| 伊興町大境、伊興町諏訪木、伊興町本町の各一部 | 1987年10月10日 | |
| 伊興二丁目 | 伊興町本町、西伊興町の各一部 | 1987年10月10日 |
| 伊興三丁目 | 伊興町本町、伊興町大境、伊興町見通の各一部 | 1987年10月10日 |
| 伊興四丁目 | 伊興町本町、西伊興町の各一部 | 1987年10月10日 |
| 伊興五丁目 | 伊興町本町、西伊興町の各一部 | 1987年10月10日 |
| 伊興町前沼、伊興町本町の各一部 | 1997年10月4日 | |
| 伊興本町二丁目 | 伊興町五庵、東伊興町、伊興町狭間の各一部 | 1997年10月4日 |
伊興
世帯数と人口
2025年(令和7年)1月1日現在(足立区発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 伊興一丁目 | 1,322世帯 | 2,418人 |
| 伊興二丁目 | 1,088世帯 | 2,371人 |
| 伊興三丁目 | 1,671世帯 | 3,101人 |
| 伊興四丁目 | 1,600世帯 | 2,953人 |
| 伊興五丁目 | 1,065世帯 | 2,191人 |
| 計 | 6,746世帯 | 13,034人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[7] | 11,126 |
| 2000年(平成12年)[8] | 11,598 |
| 2005年(平成17年)[9] | 12,109 |
| 2010年(平成22年)[10] | 12,533 |
| 2015年(平成27年)[11] | 12,289 |
| 2020年(令和2年)[12] | 12,543 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 1995年(平成7年)[7] | 4,350 |
| 2000年(平成12年)[8] | 4,619 |
| 2005年(平成17年)[9] | 4,971 |
| 2010年(平成22年)[10] | 5,518 |
| 2015年(平成27年)[11] | 5,427 |
| 2020年(令和2年)[12] | 5,999 |
学区
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる、なお、足立区では学校選択制度を導入しており、中学校は区内全域から選択することが可能。ただし、小学校に関しては、学区域または学区域に隣接する学校のみの選択になる。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 伊興一丁目 | 1〜17番 20番以降 | 足立区立栗原北小学校 | 足立区立第十四中学校 |
| 18〜19番 | 足立区立伊興小学校 | ||
| 伊興二丁目 | 1〜2番 9〜12番 17〜19番 | ||
| 20番以降 | 足立区立伊興中学校 | ||
| 3〜8番 13〜16番 | 足立区立西伊興小学校 | ||
| 伊興三丁目 | 1〜6番 8番〜9番9号 9番14号〜19番 21番5号 | 足立区立栗原北小学校 | 足立区立第十四中学校 |
| 7番 9番10〜13号 20番〜21番4号 21番6号以降 | 足立区立伊興小学校 | ||
| 伊興四丁目 | 1〜10番 12〜15番 | ||
| 11番 16番以降 | 足立区立伊興中学校 | ||
| 伊興五丁目 | 3番以降 | ||
| 1〜2番 | 足立区立第十四中学校 |
事業所
2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[13]。
| 丁目 | 事業所数 | 従業員数 |
|---|---|---|
| 伊興一丁目 | 48事業所 | 413人 |
| 伊興二丁目 | 41事業所 | 387人 |
| 伊興三丁目 | 77事業所 | 476人 |
| 伊興四丁目 | 60事業所 | 297人 |
| 伊興五丁目 | 41事業所 | 206人 |
| 計 | 267事業所 | 1,779人 |
事業者数の変遷
経済センサスによる事業所数の推移。
| 年 | 事業者数 |
|---|---|
| 2016年(平成28年)[14] | 269 |
| 2021年(令和3年)[13] | 267 |
従業員数の変遷
経済センサスによる従業員数の推移。
| 年 | 従業員数 |
|---|---|
| 2016年(平成28年)[14] | 1,442 |
| 2021年(令和3年)[13] | 1,779 |
伊興本町
世帯数と人口
2025年(令和7年)1月1日現在(足立区発表)の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 伊興本町一丁目 | 749世帯 | 1,412人 |
| 伊興本町二丁目 | 737世帯 | 1,527人 |
| 計 | 1,486世帯 | 2,939人 |
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
| 年 | 人口 |
|---|---|
| 2000年(平成12年)[8] | 2,202 |
| 2005年(平成17年)[9] | 2,345 |
| 2010年(平成22年)[10] | 2,278 |
| 2015年(平成27年)[11] | 2,283 |
| 2020年(令和2年)[12] | 2,789 |
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
| 年 | 世帯数 |
|---|---|
| 2000年(平成12年)[8] | 901 |
| 2005年(平成17年)[9] | 1,007 |
| 2010年(平成22年)[10] | 1,100 |
| 2015年(平成27年)[11] | 1,083 |
| 2020年(令和2年)[12] | 1,341 |
学区
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2023年4月時点)[15]。なお、足立区では学校選択制度を導入しており、区内全域から選択することが可能。ただし、小学校に関しては、2018年(平成30年)度から学区域または学区域に隣接する学校のみの選択になる[16]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 伊興本町一丁目 | 全域 | 足立区立東伊興小学校 | 足立区立第十四中学校 |
| 伊興本町二丁目 | 全域 |
事業所
2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通りである[13]。
| 丁目 | 事業所数 | 従業員数 |
|---|---|---|
| 伊興本町一丁目 | 47事業所 | 251人 |
| 伊興本町二丁目 | 31事業所 | 520人 |
| 計 | 78事業所 | 771人 |
事業者数の変遷
経済センサスによる事業所数の推移。
| 年 | 事業者数 |
|---|---|
| 2016年(平成28年)[14] | 72 |
| 2021年(令和3年)[13] | 78 |
従業員数の変遷
経済センサスによる従業員数の推移。
| 年 | 従業員数 |
|---|---|
| 2016年(平成28年)[14] | 858 |
| 2021年(令和3年)[13] | 771 |
交通
鉄道
現在伊興を冠する住所内には鉄道駅は存在しないが、もともとは伊興町の一部だった隣接する西竹の塚に東武鉄道の竹ノ塚駅が所在するため、地域住民の鉄道交通手段の利用に不便はない。また、2008年3月30日に日暮里・舎人ライナーが開業し、3つの駅(谷在家、舎人公園駅、舎人駅)が伊興地区西部から徒歩利用可能圏となった。
- 東武鉄道
- 東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン):竹ノ塚駅(西竹の塚2-1-1)
- 東京都交通局
- 日暮里・舎人ライナー:舎人駅(舎人1-16-15)、舎人公園駅(舎人公園1-10)、谷在家駅(谷在家3-20-23)
バス
道路
伊興・伊興本町を区画する本通りは比較的整備されているものの、それ以外の町域内の道路網は細く曲がりくねった道が多い。「七曲がり」と呼ばれる道路はこのような道路事情を端的に示している。
- 東京都道461号吾妻橋伊興町線(尾竹橋通り = 東京都都市計画道路補助100号)
- 赤山街道(中央通り)
- 伊興七曲がり
- 大師北参道
施設
- 行政
- 足立区役所伊興区民事務所
- 西新井消防署
- 文化
- 足立区立伊興図書館
- 足立区立伊興住区センター
- 教育
- その他
- 足立伊興郵便局
- 足立東伊興郵便局
- 足立西伊興郵便局
史跡
- 薬師寺
- 源正寺
歴史
当地区の歴史は、足立区内の中でも最も古い部類に入る。現在の東伊興地区からは伊興遺跡が発見されており、少なくとも古墳時代には住民がいたことが分かっている。戦国時代末期には既に伊興村の原型が出来ていたと考えられている。
年表
- 1889年5月1日(水) - 南足立郡伊興村が周辺の村と合併し、渕江村が成立する。
- 1891年4月1日(水) - 淵江村から伊興村が独立。
- 1932年10月1日(土)- 東京市に編入され、同市足立区の一部となる。旧伊興村の領域は、従来の小字名を付した町名が付けられたが、村廻耕地は伊興町「本町」と改名された。
- 以下町名の「伊興町」の部分を省略する。
- 1966年11月11日(土)- 見通、大境、前沼、谷下、白幡の一部で住居表示が実施され、竹の塚一、六、七丁目、西保木間四丁目の一部に編入される。
- 1967年3月15日(水)- 諏訪木の一部が、西新井町区画整理組合(第二工区)により、西新井三丁目、四丁目の一部に編入される。京伝・槐戸の一部は、西新井四丁目に編入された。
- 1968年4月1日(月)- 伊興町土地改良区事業が実施されていた地区のうち、赤山道以東の聖堂の全域と谷下、五庵、狭間、白幡、竹塚町の一部が「東伊興町」に、赤山道以西の吉浜、五反田、一丁目、槐戸の全域と番田、京伝、諏訪木、古千谷町、舎人町の一部が「西伊興町」になる。
- この当時既に宅地化されていた地域は耕地整理事業が実施されなかったため、町名が変更されなかった。
- 1970年4月1日(水)- 古千谷耕地整理事業の終了により、番田、京伝の残存地域が古千谷一丁目から三丁目の一部になる。
- 1987年10月10日(土)- 大境の全域と諏訪木の残存地域、本町と見通の大半、西伊興町の一部に住居表示が実施され、伊興一丁目から五丁目と、西竹の塚一丁目、西伊興一丁目から四丁目が設置される。
- 1988年5月15日(日)- 谷下の一部に住居表示が実施され、東伊興二丁目に編入される。
- 1997年3月1日 (土)- 見通の残存地域と前沼の一部に住居表示が実施され、西竹の塚二丁目となる。
- 1997年10月1日(水)- 五庵、本町の残存地域と前沼、狭間、白幡、東伊興町の一部に住居表示が実施され、伊興本町一、二丁目が設置される
- 1999年7月3日(土) - 前沼、谷下の残存地域と白幡の一部に住居表示が実施され、東伊興三丁目に編入される。
- 2001年11月7日(水) - 狭間、白幡の残存地域に住居表示が実施され、東伊興四丁目に編入される。これにより「伊興町○○」という地名は消滅。
- 2005年7月23日(土)16時35分頃 - 千葉県北西部地震で足立区伊興で震度5強を観測した。
- 2021年10月7日(木) 22時41分頃- 千葉県北西部地震で足立区伊興で震度5強を観測した。
その他
日本郵便
- 集配担当する郵便局と郵便番号は以下の通りである[17]。
| 町丁 | 郵便番号 | 郵便局 |
|---|---|---|
| 伊興 | 121-0823[3] | 足立北郵便局 |
| 伊興本町 | 121-0807[5] |
参考文献
脚注
- 1 2 3 4 “足立区の町丁別の世帯と人口(令和7年)” (CSV). 足立区 (2025年1月9日). 2025年3月20日閲覧。 “(ファイル元のページ)”(CC-BY-4.0)
- 1 2 “『国勢調査町丁・字等別境界データセット』(CODH作成)”. CODH. 2023年10月28日閲覧。(CC-BY-4.0)
- 1 2 “伊興の郵便番号”. 日本郵便. 2023年10月28日閲覧。
- 1 2 “市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月24日閲覧。
- 1 2 “伊興本町の郵便番号”. 日本郵便. 2023年10月28日閲覧。
- ↑ “国土交通省 不動産情報ライブラリ”. 国土交通省. 2025年3月19日閲覧。
- 1 2 “平成7年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年3月28日). 2019年8月16日閲覧。
- 1 2 3 4 “平成12年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年5月30日). 2019年8月16日閲覧。
- 1 2 3 4 “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2014年6月27日). 2019年8月16日閲覧。
- 1 2 3 4 “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2012年1月20日). 2019年8月16日閲覧。
- 1 2 3 4 “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等”. 総務省統計局 (2017年1月27日). 2019年8月16日閲覧。
- 1 2 3 4 “令和2年国勢調査の調査結果(e-Stat) -男女別人口,外国人人口及び世帯数-町丁・字等”. 総務省統計局 (2022年2月10日). 2022年2月20日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 “経済センサス‐活動調査 / 令和3年経済センサス‐活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 事業所数、従業者数(町丁・大字別結果)”. 総務省統計局 (2023年6月27日). 2023年9月15日閲覧。
- 1 2 3 4 “経済センサス‐活動調査 / 平成28年経済センサス‐活動調査 / 事業所に関する集計 産業横断的集計 都道府県別結果”. 総務省統計局 (2018年6月28日). 2019年10月23日閲覧。
- ↑ “区立小・中学校の通学区域表・通学区域図” (PDF). 足立区 (2023年4月1日). 2023年10月28日閲覧。 “(ファイル元のページ)”
- ↑ “学校選択制度について”. 足立区 (2017年6月1日). 2017年12月7日閲覧。
- ↑ “郵便番号簿 2022年度版” (PDF). 日本郵便. 2023年10月28日閲覧。

