掬投

概要
基本形は技を掛ける側(取)は右足を踏み込み、左手で前から相手(受)の左腿を右脇腹に抱えるようにつかみ体を密着させる。次に、右手で受の右膝裏を持ちすくい上げるようにして相手を抱え上げ体を反らしながら後ろに投げる。別名後返隙捕[1]、サイド・バスター。
帯落などの技に近い動きになる。
柔道家の工藤一三は著書で、この技は古流柔術では必ず形に組み込まれているような実地でも非常に有効な技で、例えば背後から深く抱きすくめられたときは、上体を前に傾け、腰を右に捻って右足に前を進め左脚を相手の右脚の後ろに深く入れ、相手の脚を掴んで相手を左後隅に投げればよい旨、語っている[2]。
名前は同じだが、相撲の掬い投げと柔道の掬投の投げ方は異なる。
変化


両手で受の両脚を双手刈の様に取った後にそのまま後ろに倒さないで持ち上げた後に背中から掬い倒す掬投もある[4][5]。2004年の書籍『柔道技の見極めハンドブック』によると、この技は最近は1997年世界柔道選手権大会でケイト・ホーウェイ(イギリス)が曹敏仙(韓国)に決めた際など「双手刈」としてることが多い[6]。
手車
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手車(てぐるま)[7]は、股間に手を入れるなどして片手で下穿きの臀部をつかんでの掬投。
手車には前または後から受の股間に手を入れて掬って持ち上げたり、側方から股をすくって、背中から落とす形がある[8]。
YouTube KODOKANチャンネルの掬投の動画では基本形だけでなく前方からの手車も紹介されている[9]。相手が大外刈を仕掛けた時など上げた脚やその下穿きを掴んで後方に掬い倒す。
1982年の「講道館柔道の投技の名称」制定に向けて講道館では新名称の候補に挙がったが、採用されなかった[10]。
別名キンつかみ[10][7]、抱投(かかえなげ)[11]、手内股(てうちまた)[12][7]、仏壇返(ぶつだんがえし)[7]。七大学柔道では手車と抱投と手内股と仏壇返を区別して集計している[13][14][15]。
後手車
後手車(うしろてぐるま)[16]は、相手の後方からの手車。典型的な形は受が背負投などで相手の後方を取った際や内股、払腰などで半身になって足を上げる瞬間に、後方から[17]左手で後ろから股間に手を入れるなどして下穿きの臀部をつかみ体を密着させる。次に左前腰に乗せながら高く掬い上げたのち、右手で半円を描くように引き落とし、前方に投げる技である。
試合で決まるほとんどの掬投はこの後手車であり、特に断りがなく掬投といった場合はこれを指すことが多い。YouTube KODOKANチャンネルの掬投の動画では基本形だけでなく後手車も紹介されている[18]。
脚掴み禁止の大会でも相手の帯より上の上衣を掴みながらの後手車は許される。2019年グランプリ・ザグレブで玉置桃が相手の背後から股間に腕を通して相手の袖を持ちながらの後手車で技ありを取ってる[19][20]。
ボディスラム

ボディースラムは取が前方から受の股間に手を入れて掬って持ち上げ受を前回りするように背中から落とす手内股。
掬倒
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掬倒(すくいたおし)は1982年の「講道館柔道の投技の名称」制定に向けて講道館では新名称の候補に挙がったが、採用されなかった掬投[10]。
小股すくい
小股すくい[21](こまたすくい)は左手で相手の左脚を内側から掬い上げて倒す掬投。別名小股(こまた)[15]。
七大学柔道では「すくい投げ(小股)」、「小股すくい」で決まり技名として使われている[21][15]。1986年の第35回大会までに3.0回、一本を取っている(技有は0.5回とカウント)[15]。
外小股
外小股(そとこまた)は右手で相撲の出し投げ(上手出し投げや下手出し投げ)をうった後に左手で外から相手の左腿を掬って相手を後ろに倒す掬投。相撲の技。1948年の講道館機関誌『柔道』で玉嶺生は、外小股は柔道では掬投にあたる、と述べている[22]。
カメ投
カメ投(カメなげ)は亀の姿勢の相手の股から手を入れて、さらに膝を添えて抱きかかえ、手首を返して投げつける掬投[23]。七大学柔道では決まり技名として使われている。1967年に高角晶夫(東大)が佐野文思郎(京大)に決めている[24]。
歴史
両手で下半身をすくう掬投は元々は古流柔術にあった技で、相手の打撃技をかわして投げる技法であり、柔道黎明期から「掬投」という名で投の形にも含まれるほどよく見られる技であった[25]。
その後時代が進むにつれ次第に使い手も見られなくなり肩車に譲る形で投の形から姿を消した[25]。
その一方、片手で股をすくう掬投は元々別技扱いで「手車」「手内股」「仏壇返」などと呼ばれていたが、次第に「掬投」と呼ばれるようになり、1982年に「掬投」で統一された。
柔道が国際化するようになると、筋力や反射神経に優れる外国人選手が片手で股をすくう掬投を多用するようになり、たびたび日本人選手を脅かすようになった。
但し、日本の選手でも中村行成のようにこの技を得意にしていた選手も存在する。
1993年の世界選手権決勝で中村が決めた後手車はとりわけ豪快な一本と言われている[26]。 他には小川直也もバルセロナオリンピック以降は後手車を多用するようになった。
2010年代にIJFワールドツアーで活躍した西山大希が2大会連続、決勝でこの技を決めて優勝を果たしている。
しかし、掬投は脚を取って投げる技であり、本来の組み合って技を繰り出す柔道の形から外れるという憂いが各国から上がるようになると[要出典]、国際柔道連盟は2009年に国際柔道連盟柔道試合審判規定のルール改正し、上記のどの掬投も使用困難となった。
また、相手が組み手争いから肩越しに逆側の背部を掴んできたような場合や、返し技、連続技の一つとして使うことは問題ないとした[27][28]。そして、のちにこれらも反則となる
なお、全国柔道高段者大会、講道館月次試合などの講道館柔道試合審判規定の大会・試合においては依然として制限なく使用可能となっている。
分類と名称
相手の脚や、股下を、腕でつかんで持ち上げ、投げる場合は大体、掬投に分類される。
講道館機関誌『柔道』は1982年の「講道館柔道の投技の名称」発表以前は脚掴み禁止でも使用できる技である脇落を掬投に分類していた[29][30]。それ以降は谷落に分類している[10]。
1981年の世界柔道選手権大会でショータ・ハバレーリがハバレリという技名称で一本勝ちした記録が残されているが、ハバレリのうち、相手の背中越しに後帯を取り前から股間に手を入れたり下穿きを持って掬い投げる技は講道館では「掬投」として扱っていた。のちにIJFで帯取返という正式名となった[31]。2017年には講道館も帯取返を新設し、そこに分類するようになった[32]。
脚注
- ↑ 帝国尚武会 編「第二編 各技 第一章 投技 一、出足掃系統技」『神道六合流柔術教授書』(龍虎之巻 第二期)帝國尚武會、日本、1917年1月31日、142-143頁。「掬投(後返隙捕)」
- ↑ 三船久蔵、工藤一三、松本芳三「投技の解説(二) 二十八 掬投(すくいなげ) 手わざ」『柔道講座』 第2巻、白水社、日本、1955年12月20日、76-77頁。
- ↑ 醍醐敏郎「講道館柔道・投技 分類と名称(第8回)9、双手刈(もろてがり)」『柔道』第61巻第12号、講道館、1990年12月1日、35頁。「次の様に投げ落とした場合は「双手刈」ではない。両手で受の体を抱えて上げたあと、前に投げ落とした場合は「掬投」となる。(略)写真12」
- ↑ 佐村嘉一郎、大新田勝海「柔道入門講座 固技の解説-固技に移る方法」『柔道』第28巻第8号、講道館、1957年8月1日、20頁。「掬い投で相手を制する 双手刈の要領にて、両足をモロ手にて捕り相手を掬い倒すのもよい方法である。(片足づつとってはいけない)」
- ↑ 醍醐敏郎「講道館柔道・投技 分類と名称(第8回)9、双手刈(もろてがり)」『柔道』第61巻第12号、講道館、1990年12月1日、35頁。
- ↑ 「Technique ハイライト 双手刈り」『柔道技の見極めハンドブック』柏崎克彦(監修)、ベースボール・マガジン社、2004年8月5日、079頁。ISBN 978-4583612836。
- 1 2 3 4 醍醐敏郎「講道館柔道・投技 分類と名称(第6回)7、掬投」『柔道』第61巻第10号、講道館、1990年10月1日、41頁。
- ↑ Mikinosuke KAWAISHI (1955). Ma méthode de judo. Jean Gailhat(仏訳、イラスト). フランス: Judo international. p. 89. "SUKUI-NAGE"
- ↑ 掬投 / Sukui-nage. YouTube. KODOKAN. 2020年5月25日. 該当時間: 1m17s. 2025年11月8日閲覧.
- 1 2 3 4 「柔道の投技の名称について」『柔道』第54巻第2号、講道館、1983年2月1日、22頁。「参考 新しい投技名称の候補として挙げられたけれども、採用されなかったもの」
- ↑ ビクトル古賀『これがサンボだ!』(第1版第3刷)ベースボール・マガジン社、1986年6月25日、56-57頁。ISBN 4-583-02564-5。「抱え投げ」
- ↑ 嘉納行光、川村禎三、中村良三、醍醐敏郎、竹内善徳『柔道大事典』佐藤宣践(監修)(初版第1刷)、アテネ書房、日本、1999年11月21日。ISBN 4871522059。「手内股」
- ↑ 「統計資料 三、決まり技の部」『国立七大学柔道戦史 武道としての柔道を求めて』京都大学学士柔道会高木先生停年退官記念事業委員会、日本、1988年11月15日、735頁。「かかえ投(略)手車(略)手内股」
- ↑ 「統計資料 三、決まり技の部」『国立七大学柔道戦史 武道としての柔道を求めて』京都大学学士柔道会高木先生停年退官記念事業委員会、日本、1988年11月15日、747頁。「手車(略)かかえ投」
- 1 2 3 4 「統計資料 三、決まり技の部」『国立七大学柔道戦史 武道としての柔道を求めて』京都大学学士柔道会高木先生停年退官記念事業委員会、日本、1988年11月15日、750頁。「すくい投(小股)(略)かかえ足〔ママ〕仏壇返(略)手内股」
- ↑ 三船久蔵『柔道教典 道と術』(普及版)誠文堂新光社、日本、1958年10月20日、181頁。
- ↑ 嘉納行光、川村禎三、中村良三、醍醐敏郎、竹内善徳『柔道大事典』佐藤宣践(監修)(初版第1刷)、アテネ書房、日本、1999年11月21日。ISBN 4871522059。「手車」
- ↑ 掬投 / Sukui-nage. YouTube. KODOKAN. 2020年5月25日. 該当時間: 47s. 2025年11月8日閲覧.
- ↑ “Momo TAMAOKI / IJF.org”. 国際柔道連盟. 2026年10月18日閲覧。 “Zagreb Grand Prix 2019 Round 3 -57 kg TAMAOKI Momo JPN KONKINA Anastasiia RUS Waza-ari-awasete-ippon / Sukui-nage 3:42”
- ↑ gp cro2019 w 0057 0052 13 55 18 front. YouTube (英語). International Judo Federation. 2019年7月26日. 該当時間: 5m59s. 2026年10月18日閲覧.
- 1 2 「國立七大學柔道戦史 第30回七大学優勝大会」『国立七大学柔道戦史 武道としての柔道を求めて』京都大学学士柔道会高木先生停年退官記念事業委員会、日本、1988年11月15日、590頁。「小股すくいで技ありを取り」
- ↑ 玉嶺生「柔道五教の技と角力四十八手」『柔道』第19巻第5号、講道館、1948年4月、23頁。
- ↑ 「國立七大學柔道戦史 第30回七大学優勝大会」『国立七大学柔道戦史 武道としての柔道を求めて』京都大学学士柔道会高木先生停年退官記念事業委員会、日本、1988年11月15日、346頁。「掬投に投げつければ」
- ↑ 「國立七大學柔道戦史 第30回七大学優勝大会」『国立七大学柔道戦史 武道としての柔道を求めて』京都大学学士柔道会高木先生停年退官記念事業委員会、日本、1988年11月15日、345頁。「カメ投」
- 1 2 醍醐敏郎『写真解説 講道館柔道投技 上』本の友社 1999年 ISBN 4-89439-188-0
- ↑ 「特集 1993年男女世界選手権大会」近代柔道 ベースボール・マガジン社、1993年11月号、3-5頁
- ↑ “柔道、「脚取り」一発で反則負け 来年から新規則実施”. 共同通信社 (2009年12月14日). 2010年4月3日閲覧。
- ↑ “タックル技、1度で反則負け=来年から正式導入”. 時事通信社 (2009年12月14日). 2010年4月3日閲覧。
- ↑ 小谷澄之「五教の解説 第四教(4)掬投」『柔道』第36巻第2号、講道館、1965年2月1日、28頁。
- ↑ 大沢慶己「得意技公開・掬投 / 大沢慶己」『柔道』第52巻第2号、講道館、1981年2月1日、14-16頁。
- ↑ 嘉納行光、川村禎三、中村良三、醍醐敏郎、竹内善徳『柔道大事典』佐藤宣践(監修)、アテネ書房、日本 東京、1999年11月21日。ISBN 4871522059。
- ↑ “柔道の技名称について”. 講道館 (2017年4月6日). 2019年9月1日閲覧。
外部リンク
- 掬投 / Sukui-nage - YouTube KODOKANチャンネル
- 掬投|柔道チャンネル
- 講道館柔道 掬投(すくいなげ)<手技>
