katokunnlee
別名
  • masahiro kato
  • katokuan lee
  • n'masa
出身地 日本の旗 日本
ジャンル
職業
活動期間 2002年 -
レーベル Sony Music Records
共同作業者

katokunnlee(カトクンリー)は、音楽プロデューサー、作曲家、リミキサー、サウンドクリエイター、DJ等として活動。

名前はメキシコの覆面レスラーと自身の名字「カトウ」に由来する[1]。pLAYA、MATALLY、STARDISH、LIONKINGなどのグループにて作品をリリースしている[2]。

ジャンルはエレクトロニック・ダンス・ミュージックが中心。その音楽性の幅は広く、ジャズ、ソウルミュージック、ヒップホップ・ミュージック、ボサノヴァ、リズム・アンド・ブルース等のほか、対照的にハウス、ブレイクビーツ、テクノといったデジタル音楽がベースの楽曲も数多い。

略歴

高校時代にバンドを組んでジミ・ヘンドリックスやサンタナをプレイし、部屋ではジェームス・ブラウンやRun-D.M.C.で踊り狂っていたが、友人がやっているパーティーでDJをした事をきっかけに現在のスタイルになった[1]。

1990年、rock you international(レゲエサウンドシステム)と共に代々木公園、多摩川土手、昭和記念公園などでイベントにてアフリカン・パーカッショニスト、オランドゥ・ビングルとセレクターと一緒にDEEJAYとしてレゲエカルチャーで主に活動。後に青山ブルーなど都内の各クラブを軸にジャズ、ソウル、ヒップホップを中心にDJ活動を展開。

1993年、知人の紹介でファッション誌「jap」のプライベートパーティーにマンスリーDJとしてDJ活動を開始。

1999年より、クラブジャズ・ユニットpLAYA(リーダー、ギター担当。初期メンバーにはタブゾンビ、みどりん、長岡亮介、沼直也、外薗雄一などが参加[3])として都内クラブにて主にライブ展開[1][4]。

2003年、pLAYA、MATALLYとしてCDデビューし、多方面にて活動。

2008年、ジャズユニットSTARDISHを始動[1]。

2009年、レゲエプロジェクトLIONKING始動[1]。

プロデュース、レコーディング

DJ&LIVE

BED / club ASIA / PLACTIC / HEVEN / LOGOS / PINK NOISE / JZ BRAT / ORGAN BAR / JUICE / WEB / BLUE / PLUG / SPACE LAB YELLOW / ROCK WEST / WOMB / JUNO / LOUNGE / MODULE / OTO / LINK / LE FAUBOURG / SHIBUYA NUTS / HACHI / CLUB QUATTRO広島…など

脚注

[脚注の使い方]

出典

  1. 1 2 3 4 5 “カトクンリー a.k.a LIONKING,PLAYA,STAR DISH”. アメーバブログ、katokunnleeのブログプロフィール. 2017年6月14日閲覧。
  2. ↑ “EveningParty Ludens”. clubberia (2009年5月15日). 2017年6月14日閲覧。
  3. ↑ Salyu(インタビュアー:三宅正一)「「話したいあなたと」第三回:長岡亮介(ペトロールズ)」『ガジェット通信』、2015年3月31日。2017年6月15日閲覧。
  4. ↑ “PLAYA (KATOKUNNLEE) - 『シンガー:サム・クック』”. J.Jazz.Net (2005年12月2日). 2017年6月14日閲覧。

外部リンク

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