MESM(МЭСМ, Малая Электронно-Счетная Машина(小型電子計算装置))は、ソビエト連邦初の汎用電子コンピュータである。大陸ヨーロッパ初のコンピュータと紹介されることもあるが、それ以前にドイツのZuse Z4やスウェーデンのBARKが存在する[1]。
キエフの近くのフェオファニアにあるキエフ電気技術研究所にて、セルゲイ・レベデフの指揮の下に作成された[1]。
当初、MESMは大型電子計算機として想定されており、1文字目のМは"Малая"(小型)ではなく"модель"(モデル、プロトタイプ)を意味していた。
装置での作業は、汎用デジタルコンピュータを構築する原理を実験的にテストするための研究的性質のものだった。最初の成功の後、コンピュータ技術に対する広範な政府の需要を満たすために、ソビエト連邦の「真の問題」(原子爆弾計画)を解決することができる本格的な装置を完成させることが決定された[2]。MESMは1950年に運用を開始した[3][4]。約6,000本の真空管を使用し、25 kWの電力を消費した。1分あたり約3,000の操作が実行できた[5]。長さは約8 - 10メートル (26 - 33 ft)、高さは約2メートル (7 ft)だった[6] 。
MESMで使用された電子管などの部品の多くは、ウクライナ国立学士院キエフ科学院に保管されている。
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