1990年代初期にヴィジュアル系バンド、妖花(ようか)のベーシストとして玉水(ギョクスイ)名義で活動。
1993年からはCASCADE結成によりボーカリストへ転向し、TAMA(タマ)名義で活動を開始(結成当初はGYOKU(ギョク)名義)。ボーカルの他に作詞も手がける。2001年10月、所属事務所をアミューズから新会社のプラナに移籍。
2002年のCASCADE解散後、1年間の活動休止期間を経て、TAMAMIZU(タマミズ)名義でソロ活動を開始。デビューシングル『みにくい反逆児』のプロデュースをSOPHIAの松岡充が担当した。
2005年頃から新バンド結成のためメンバー探しを始め、2006年1月からロックバンドFU JI KOのボーカリストとして活動。2007年8月にはCASCADEのドラマーHIROSHIとDIG DAGのボーカリストとして活動。
2009年2月14日からはCASCADEを再結成し、再びそのボーカルを務めている[1]。
2018年6月22日にPsycho le CemuのAYAとseek、元Hysteric Blueの楠瀬タクヤにTAMAMIZUを含めた4人でMIMIZUQを結成。同年9月8日に初ライブを開催した[2]。
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