The Revolution Will Not Be Televised
| 「The Revolution Will Not Be Televised」 | |
|---|---|
| 楽曲 | |
| A面 | Home Is Where the Hatred Is |
| 録音 | 1971年4月19日 |
| ジャンル | ジャズ・ファンク、スポークン・ワード、プロト・ラップ |
| 時間 | 3分7秒 |
| レーベル | Flying Dutchman Records |
| 作詞・作曲 | ギル・スコット・ヘロン |
| プロデュース | ボブ・シール |
「The Revolution Will Not Be Televised」(ザ・レボリューション・ウィル・ノット・ビー・テレバイズド、革命はテレビに映らない)は、アメリカ合衆国の詩人・音楽家ギル・スコット・ヘロンによる、演奏に乗せて詩を朗読するスポークン・ワード楽曲[1]。日本語では「革命はテレビ放送されない」[2]、「革命はテレビ中継されない」[1]などとも訳される。ブリタニカは、大衆文化が政治運動に及ぼす麻痺させる効果を批判する作品と説明している[3]。
1970年のアルバム『Small Talk at 125th and Lenox』に最初の録音が収められ、1971年には、アルバム『Pieces of a Man』のために、より編成の大きい版が再録音された[3][4]。2005年の全米録音資料登録簿への登録について、議会図書館のキャリー・オデルは、対象を最初の簡素な録音としている[5][4]。2014年にはグラミーの殿堂入りした[6]。
背景
スコット・ヘロンは1949年にシカゴで生まれた[3]。幼少期を主にテネシー州で、母方の祖母リリー・スコットのもとで過ごした。祖母は公民権運動の活動家で、孫を音楽とラングストン・ヒューズの作品に親しませた[3]。
その後、ペンシルベニア州のリンカーン大学に進んだが、2年目に小説『The Vulture』を書くために中退した[3]。当時は公民権運動とベトナム戦争をめぐる政治的な動きが全米で高まっており、スコット・ヘロンも大学で、学生への医療の改善などを求める抗議を組織した[7]。
執筆
ジャーナリストのマーカス・バラムは「革命はテレビ中継されない」という言い回しは、本作以前からブラック・パワー運動の活動家の間で合言葉になっていたと述べる[7]。
執筆の時期と契機について、3つの出典は次のように述べる。
- バラムは、1969年、大学の寮で野球中継を見ながら歌詞を書き始めたとする。その数か月前に、ザ・ラスト・ポエッツを大学に招き、「When the Revolution Comes(革命が起きるとき)」を演奏してもらっており、この経験のほか、野球中継の合間のコマーシャル、母の辛辣な機知、ヒューズの言葉遊びが執筆に影響したという。テレビが称揚する消費文化と、街頭の抗議運動との隔たりが主題だったとする[7]。
- ブリタニカも、19歳のときに書き始めたとし、野球中継のコマーシャルと、ザ・ラスト・ポエッツのスポークン・ワード作品「When the Revolution Comes」(1970年)に触発されたと述べる[3]。
- スコット・ヘロン自身は、1992年の『ロサンゼルス・タイムズ』のインタビューで、リンカーン大学の学生時代に、寮の仲間とテレビでデモの報道を見ていて、「人々は外へ出て何かをしなければならない、革命はテレビ中継されない」と冗談を言い合ったのが始まりだったと語っている。居合わせた一人に「書き留めておくべきだ」と言われたという。また、人々が傍観者でなく行動する側になるよう促そうとして、自分たちが考え出したものだと述べている[8]。
録音
1970年、スコット・ヘロンは小説『The Vulture』の宣伝のため、ジャズ・プロデューサーのボブ・シールともに詩の朗読を録音した。シールはジョン・コルトレーンやルイ・アームストロングらと仕事をした人物である。これが最初のアルバム『Small Talk at 125th and Lenox』になった[3]。伴奏はコンガとボンゴのみだった[3][4]。バラムによれば、本人は録音の前から、この詩を12小節ブルースの曲として構想していた[7]。
1971年には、2枚目のアルバム『Pieces of a Man』のために再録音した。ブリタニカは、この版を、フルートとジャズ/ソウル調のドラム、特徴的なベース・ラインを加えた、より充実した版と説明する[3]。この再録音は、シングル「Home Is Where the Hatred Is」のB面として発売された[4][7]。
1974年には、フライング・ダッチマンから、初期3作の録音を集めた同名のコンピレーション・アルバムが発売された。
歌詞
詩は、広告の標語、テレビ番組、有名人の名前を次々に挙げ、「革命はそれらとは違う」と述べる形をとる。
バラムは、コカ・コーラやリステリンの広告標語、『Green Acres』などの番組、映画スターを、1950〜60年代のアメリカの消費文化と大衆文化を象徴するものとして挙げ、スコット・ヘロンが皮肉をこめてそれらの些末さを嘲り、革命が来れば黒人は街頭に出る、と対置させていると述べる[7]。
オデルは、ホイットニー・ヤングやロイ・ウィルキンスらへの言及を、この作品のブラック・パワー色の例として引く。一方で、この詩は、テレビの見すぎがもたらす無気力と、無自覚な大量消費への批判として、白人の聴き手にも長く受け入れられてきたとも述べる[4]。
題名の解釈は、出典によって強調点が異なる。日本のライターの速水健朗は、リアルサウンドのコラムで、題名には複数の意味があるとして、テレビはコマーシャルを挟んで出来事を番組として流すが、革命は企業が提供するテレビのコンテンツにはならないこと、ソファに座ってテレビを見ているだけでは世の中は変わらず、革命は自分たちが参加するものだという呼びかけであること、白人社会の関心を映すテレビが黒人社会のことを伝えるはずもないこと、を挙げている[1]。
作者自身は、1992年の『ロサンゼルス・タイムズ』のインタビューで、題名の趣旨を語っている。同紙は、ベルリンの壁の崩壊、戦車に登るエリツィン、ロサンゼルスでの暴行や放火といった出来事が生中継された現実に照らせば、題名の主張は誤りだったと論じることもできるとしたうえで、スコット・ヘロンは曲の根底にある主張は今も成り立つと考えていると伝える。本人は、結果はテレビで見られたが、曲で語っていたのは人々がまず考えを変えなければならないということだった、頭の中で起きる革命は誰にも見えない、と述べている[8]。
評価と影響
登録・顕彰
議会図書館は、2006年4月11日の発表で、「2005年の全米録音資料登録簿」に加える50件の一つとして、1970年の録音として本作を挙げた[5]。オデルは、登録の対象を最初の簡素な録音とし、そこにラップとヒップホップの源流となる要素が聴き取れると評している[4]。
2014年にはグラミーの殿堂入りした。公式の発表は、レーベルをFlying Dutchman、発売年を1970年と記している[6]。
音楽への影響
ブリタニカは、本作を、アレン・ギンズバーグの「吠える」(1956年)やボブ・ディランの「サブタレニアン・ホームシック・ブルース」(1965年)に連なる、20世紀で最もよく知られた抗議作品の一つとする。過激な歌詞のためラジオではあまり流れなかったが、口コミで黒人居住地域や大学のキャンパスに広まったという。
『ロサンゼルス・タイムズ』は1992年、本作を、DJ一任選曲(フリーフォーム)のFMラジオが盛んだった時代のアンダーグラウンド・ヒットと表現し、その対決的な口調と機関銃のような語りのリズムが、当時の政治色の強いハードコア・ラップを予見していたと評した[8]。
ウィリアム・ジェラニ・コブは、著書『To the Break of Dawn』(2007年)で、1974年のアルバム『The Revolution Will Not Be Televised』のヒップホップにおける位置づけは、表題曲の、ファンクの影響を受けたベースラインに乗せて詩を朗読する手法にあったと述べている[9]。
1973年にはラ・ベルがアルバム『Pressure Cookin'』で全編を録音し、1990年代半ばにはKRS・ワンが歌詞を現代化した。2002年には、サラ・ジョーンズが女性の視点から作り替えたスポークン・ワード作品「Your Revolution」を発表した。エルヴィス・コステロ、ジャミロクワイ、スティーヴ・アール、ウータン・クランらも、この題やその主張に言及している[4]。
また、クイーン・ラティファ、コモン、ファレル・ウィリアムス、ケンドリック・ラマーらが本楽曲の歌詞を引用し、あるいは音源をサンプリングしたとする[3]。
2025年2月の第59回スーパーボウルのハーフタイムショーに出演したケンドリック・ラマーは、冒頭で「この革命はテレビ放送される」と告げた。ジャーナリストの柴那典は、この台詞を、本作の題名のフレーズ「革命はテレビ放送されない」へのオマージュだろうと述べている[2]。
日本での受容
サックス奏者の菊地成孔が率いる新グループ「ダブ・セクステット」は、初のCDに『The Revolution Will Not Be Computerized』(革命はコンピューター化されない)と題した。朝日新聞は、これを本作のパロディーだと伝えている。同紙によれば、題名には、大学講師として接する現在の若者への思いも込められているという[10]。
Shing02とHUNGER(GAGLE)は、2012年に本作へのトリビュート曲「革命はテレビには映らない」を発表した[11]。2013年7月には、grooveman Spot(JAZZY SPORT)によるリミックス「革命はテレビには映らない2012(grooveman Spot Remix)」が、松竹梅レコーズの10周年企画の第1弾として、7インチ盤で発売された[12][11]。
抗議運動と大衆文化での使用
題名は抗議運動のスローガンとしても掲げられてきた。
バラムは、1983年のロンドンのハイド・パークでの反核デモ、2011年のカイロのタハリール広場での反政府運動(エジプト革命 (2011年))、同年のニューヨークのウォール街を占拠せよ、2019年のムンバイでのインドの新法への抗議(市民権改正法に対する抗議活動)を挙げている[7]。 ベネズエラのチャベス大統領に対する2002年クーデター未遂事件を扱った2003年の記録映画も、この題名を採用した[4]。
1994年には、スコット・ヘロンが、スパイク・リー監督のナイキの広告での使用を許可した。ブリタニカは、のちに本人がこれを後悔したと述べた。この広告ではKRS・ワンが歌詞をバスケットボール賛歌に作り替えた[3][7]。
映画での使用
ガス・ヴァン・サント監督の映画『デッドマンズ・ワイヤー』では、エンドロールで本作が使われた[1]。劇中では、コールマン・ドミンゴ演じるラジオDJのフレッド・テンプルがアシスタントにギル・スコット・ヘロンを聴くよう勧める場面がある[1][13]。監督は日本のメディアのインタビューで、選曲の理由を「あの曲が大好きだから」と述べている[13]。
エドガー・ライト監督の映画『ランニング・マン』では、本作が劇中で使われた。日本経済新聞は、監督が、原作の持つ「監視社会の外側で、真実をどう伝えるか」というテーマを、この曲にも託したと伝えている[14]。
ポール・トーマス・アンダーソン監督の映画『ワン・バトル・アフター・アナザー』でも、歌詞の一部が作中で使われた[3]。
本人の見方
1992年の『ロサンゼルス・タイムズ』によれば、スコット・ヘロンは、複数のラッパーが自身からの影響を認めていることについて「敬意からしていること」と述べる一方、自らをラップの「ゴッドファーザー」とは位置づけず、ラップを自分以前からあった音楽の流れの自然な延長と見ていた。また、ラップは「子どもたち向け」のもので自分に向けられたものではないと語り、自身は今もジャズ局を聴いていると述べている[8]。
脚注
- 1 2 3 4 5 速水健朗 (2026年7月). “「革命はテレビ中継されない」の意味とは? 事件と生中継をめぐる物語『デッドマンズ・ワイヤー』のBGMを考察”. リアルサウンド ブック. 2026年10月10日閲覧。
- 1 2 柴那典「ケンドリック・ラマー、スーパーボウルに、「米国の今」へのメッセージ(柴那典の新音学)」『日経MJ(流通新聞)』2025年2月21日、10面。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 Meg Matthias. “Gil Scott-Heron” (英語). Encyclopædia Britannica. 2026年10月10日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 Cary O'Dell. “"The Revolution Will Not Be Televised"--Gil Scott-Heron (1970)” (英語). アメリカ議会図書館(全米録音資料登録簿の解説). 2026年10月10日閲覧。
- 1 2 “Librarian of Congress Names 50 Recordings to the 2005 National Recording Registry” (英語). アメリカ議会図書館 (2006年4月11日). 2026年10月10日閲覧。
- 1 2 “The Recording Academy Announces 2014 GRAMMY Hall Of Fame Inductees” (英語). Recording Academy. 2026年10月10日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 Marcus Baram. “"The Revolution Will Not Be Televised"--Gil Scott-Heron (1970)” (英語). アメリカ議会図書館(全米録音資料登録簿の解説、ゲスト寄稿). 2026年10月10日閲覧。
- 1 2 3 4 Mike Boehm (1992年12月5日). “A Revolutionary Sound : Gil Scott-Heron, Who Plays in O.C. Sunday, Still Has a Political Voice”. Los Angeles Times (英語). 2026年10月10日閲覧.
- ↑ Cobb, William Jelani『To the Break of Dawn: A Freestyle on the Hip Hop Aesthetic』NYU Press、2007年、43–44頁。ISBN 978-0-8147-1670-0。
- ↑ 「新グループ率いて菊地成孔さん公演 初のCD発売記念、仙台で18日」『朝日新聞』2008年3月5日、朝刊 宮城全県・2地方、26面。
- 1 2 “Shing02 & HUNGER - 革命はテレビには映らない2012(grooveman Spot Remix)7インチ 松竹梅レコーズ (2013)”. WENOD RECORDS. 2026年10月10日閲覧。
- ↑ “Shing02&HUNGER「革命はテレビには映らない」のgrooveman Spotリミックスが7inch化”. CDジャーナル (2013年7月17日). 2026年10月10日閲覧。
- 1 2 遠藤京子 (2026年7月16日). “「アル・パチーノは、すごくハードコアだった」ガス・ヴァン・サント監督が『デッドマンズ・ワイヤー』の音楽&キャストを語る”. BANGER!!!. 2026年10月10日閲覧。
- ↑ 「エドガー・ライトさん 映画は「5分後の未来」(語る)」『日本経済新聞』2026年2月2日、夕刊、8面。