アンリ・エルツ

ウィキペディアから、無料の百科事典
アンリ・エルツ

アンリ・エルツ(Henri Herz, 1803年1月6日 - 1888年1月5日[1])は、オーストリア出身のフランスのピアニスト・作曲家。

ウィーンに生まれ、幼児期に父親とコブレンツのダニエル・ヒュンテン(英語版)に音楽の手ほどきを受ける。1816年にパリ音楽院に入学し、ルイ=バルテレミ・プラデール(英語版)とヴィクトル・ドゥルランとアントニーン・レイハに師事[1]。超絶技巧のピアニストとしてヨーロッパ全土とロシア帝国、アメリカ合衆国で演奏旅行を行なった。海外体験について記した著書『アメリカ紀行』を残している。

リスト、ジギスモント・タールベルク、ヨハン・ペーター・ピクシス、カール・チェルニー、ショパンとともに《ヘクサメロン(ベッリーニの歌劇「清教徒」の行進曲の主題よる演奏会用の華麗な大変奏曲)》(1837年)を共作した。リストはその後も、《音楽によるブロックヴィル侯爵夫人の肖像》において、エルツ作品を改作ないしは編曲している。

エルツは1836年にダクティリオン(Dactylion)という名の、手に装着する練習器具を開発し、発表した。

脚注

参考文献

  • Slonimsky, Nicolas; Kuhn, Laura; McIntire, Dennis. “Herz, Henri (Actually, Heinrich)”. Baker’s Biographical Dictionary of Musicians. Encyclopedia.com. 2022年12月27日閲覧。

外部リンク