イスラム・デュラトフ

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イスラム・デュラトフ
本名 イスラム・デュラトフ
(Islam Dulatov)
生年月日 (1998-08-02) 1998年8月2日(28歳)
出身地 ロシアの旗 ロシア
チェチェン共和国ウルス・マルタン
通称 ザ・リッパー
(The Ripper、切り裂き魔)
国籍 トルコの旗 トルコ
ロシアの旗 ロシア
身長 190.5 cm (6 ft 3 in)
体重 77.5 kg (171 lb)
階級 フェザー級
→ライト級
→ウェルター級
リーチ 190.5 cm (75 in)
スタイル ボクシング
スタンス サウスポー
拠点 ドイツの旗 ドイツ
ノルトライン=ヴェストファーレン州デュッセルドルフ
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
フロリダ州ココナッツクリーク
チーム UFDジム
トリプルワン・ジム
アメリカン・トップチーム
トレーナー イワン・ディヤコビッチ (UFD:ヘッドコーチ・マネージャー)
アイヴォン・ヒポリット (UFD:打撃コーチ)
マックス・シュヴィント (UFD:寝技コーチ)
ヴラディスラフ・ソロカ (TOG:ヘッドコーチ)
マイク・トーマス・ブラウン (ATT:ヘッドコーチ)
ランク ブラジリアン柔術 (青帯)
現役期間 2019年 -
総合格闘技記録
試合数13
勝利12
ノックアウト7
タップアウト5
敗戦1
判定1
プロボクシング記録
試合数1
勝利1
敗戦0
アマチュア総合格闘技記録
試合数5
勝利4
ノックアウト1
タップアウト2
判定1
敗戦1
タップアウト1
その他
配偶者 1人
著名な親族 ジブリル・デュラトフ (長男)
スルンベック・デュラトフ (次男)
タメルラン・デュラトフ (四男)
総合格闘技記録 - SHERDOG
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イスラム・デュラトフ(ロシア語: Ислам Дулатов、英語: Islam Dulatov、1998年8月2日 - )は、トルコとロシアの男性総合格闘家。ファッションモデル。元プロボクサー。チェチェン共和国ウルス・マルタン出身。UFDジム/トリプルワン・ジム/アメリカン・トップチーム所属。イスラム・ドゥラトフとも表記される。

来歴

生い立ち

ロシアのチェチェン共和国で生まれ、幼少期には第二次チェチェン紛争の渦中であり、安全を求め家族全員でグロズヌイやシャリといった地域を何度も移住するという過酷な生活を続ける。治安悪化の影響で学校には通えず、自重トレーニングで体を鍛えながらトラックの荷下ろしなどの労働をして家計を支えていた。しかし、最終的に出国することを決断[1]。2007年12月(当時9歳)に難民として家族と共にドイツのデュッセルドルフへ移住。移住当初は言語の壁でコミュニケーションが取れず、周囲からいじめを受けていた。自衛のために地元の不良たちと何度もストリートファイト(喧嘩)を経験しており、新しい環境に馴染むのに非常に苦労したと語っている。そして、孤独の解消と自分自身と家族の身を守るために14歳からボクシングを始め、格闘技を通じてドイツの社会に順応していき、次第にドイツ語も習得した。最終的にはアマチュアボクシングの全国王者に3度輝いた[2]。

ファッションモデル

両親と7人兄弟からなる合計9人の大家族であるデュラトフ一家が辿り着いたデュッセルドルフは、ファッションのホットスポットとして知られ、ケーニヒスアレー通り(英語版)には多くの有名ブランドショップが点在している。その環境に移住してから2年経過し、当時16歳の長男ジブリルがスーパーマーケットで働いている時に、ある女性客から「私のモデルエージェンシーのキャスティングイベントに来ませんか?」と偶然スカウトされる。ジブリルは断るものの、「君には大きなファッションのキャリアが待っているかもしれない」と名刺を渡され、家族に相談し父親は反対するも母親は承諾。最終的にイベントへ参加し、2ヶ月後にフランスのファッションブランドであるランバンと契約。その後にはグッチやアレキサンダー・マックイーン、ディーゼルなどとも契約し、ファッション業界で成功を収めた[3]。

成功した兄ジブリルに触発されてデュラトフも18歳で同じ道に進み、既に格闘技で結果を出していたデュラトフはトレーニングと並行してモデル業にも励んでいく。それ以降グッチ、ランバン、トミー・ヒルフィガー、ヒューゴ・ボスなどのファッションデザイナーのランウェイを歩き、2018年メンズモデルトップ10としてファッション雑誌ヴォーグに紹介され、ヴェルサーチと独占契約を締結。ヴェルサーチ主催のファッションショーに計6回出演を果たし、スーパーモデルとしての街道を突き進んだ[4]。

総合格闘技

ボクシングでアマチュア全国王者に戴冠するなど実績を残し、プロボクサー間近だと思われていた頃、デュラトフはパンチしか使えないルールに物足りなさを感じるようになる。同時期(2015年 - 2016年)にコナー・マクレガーの台頭とUFC 194マクレガー対ジョゼ・アルド戦の影響を受け「最も自由でリアルな戦い」に魅力を感じ、総合格闘技への転向を決意した。

2016年にアマチュアデビュー。Integra FC開催の試合に5回出場し、初戦ではグラウンドで圧倒され一本負け。この敗北を機にトレーニングを加速させ連勝を記録し、4勝1敗の戦績を収めた[5]。また、この頃に開催されたファッションショー後のモデルインタビューにて、本人はファッションモデルと総合格闘家としての対蹠的な関係にある心情を以下のように語った。

若い頃は撮影をたくさんキャンセルしました。お金とか色々問題があったんです。それでも、今回に限らずモデルの仕事には何度も助けられました。凄く好きな仕事でとても感謝しています。ある日、5000ドルの撮影オファーをキャンセルした時のことは今でも覚えています。当時、それは私にとって大金でした。同じ日に予定されていた試合は、200ユーロくらいだったと思います。最終的に私は戦うことを決断しました。…結局、対戦相手が怪我をしたので試合もキャンセルになりました。こういう状況が10回くらいありました。でも正直に言うと、私はファイターでいるのが好きなんです。それが私の仕事なんです — イスラム・デュラトフ [2]

2019年にプロデビュー。初戦では同様にグラウンドで劣勢となり判定負け。それ以降はドイツ開催のローカル団体で連勝を記録し、10勝1敗の全フィニッシュ勝利を収めた[5]。

2024年10月8日、Dana White's Contender Series 71で現LFAウェルター級王者のバニラト・アントゥネスと対戦。オッズはアントゥネス1.14倍、デュラトフ6.00倍と圧倒的に不利と予想されていたが、開始直後に猛攻を仕掛けダウンを奪い、激しい打ち合いの中で3連続3度目の肘打ちでKO勝ち。UFCとの契約権を獲得した[6]。

UFC

2025年7月19日、UFC初参戦となったUFC 318でアダム・フューギットと対戦。スタンドの攻防で優位に立ち続け、1R終盤に左フックでダウンを奪い追撃のパウンドでKO勝ち[7]。パフォーマンス・オブ・ザ・ナイトを受賞した。また、勝利後のインタビューでは、ダニエル・コーミエの「月曜日には写真撮影があるんだってね。傷もなく綺麗だし、明後日仕事に行くのかな?」に対し、「勿論、良い感じだと思うよ。週明けにはモデルの仕事に取り掛かる準備ができている」と発言した[8]。

人物・エピソード

  • 英語、ドイツ語、ロシア語、チェチェン語の4カ国語を話すことができ、家庭内や外出時に言葉を使い分けている。
  • 7人兄弟の中で年長4人(ジブリル、イスラム、タメルラン、スルムベク)がファッションモデルとして活動している。残りの3人の兄弟もまた、同じく総合格闘技とボクシングの練習や試合に取り組んでいる。
  • デュラトフ兄弟は敬虔なイスラム教徒として知られており、定期的にモスクに通い断食を行っている。また、アルコール(酒)やタバコは禁止とし、ある時に長男のジブリルがアルマーニの下着モデルとして、14万ドル(約22,120,000円)のオファーを受けた際それを断ったことがあり、理由はイスラム教では膝丈以下の服を着て写真を撮ることを禁止されているためだと語り、兄弟もその姿勢に倣っている[9]。
  • デュラトフ兄弟の年長4人は共同口座にて全てのお金を共有しており、2024年2月に兄弟で格闘技ジムの「トリプルワン・ジム」を開業した[10]。4人はモデルの仕事について「私たちが需要があるのは若いうちだけだ」と述べ、今後はジム経営にも力を入れていくと語っている。さらに、貯まった資金でバーバーショップやレストラン、シーシャラウンジなどの複数のビジネスを7人兄弟全員で共同経営・管理している[2]。
  • 所属しているモデルエージェンシー(芸能事務所)は、デュラトフの活動のベースとなる「Mint Artist Management(ミント・アーティスト・マネージメント):ドイツ」に加え、各国のブランドの案件やファッション・ウィークに対応するため都市ごとにも大手事務所と契約しており、「IMG Models(アイエムジー・モデルズ):ロンドン」、「New Madison Models(ニュー・マディソン・モデルズ):パリ」、「Sight Management Studio(サイト・マネージメント・スタジオ):バルセロナ」等とも専属の契約をしている[11]。

論争

戦績

プロ総合格闘技

総合格闘技 戦績
13 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
12 勝 7 5 0 0 0 0
1 敗 0 0 1 0
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
レヴァン・チョヘリUFC Fight Night: Adesanya vs. Magomedov2026年12月5日
○アダム・フューギット1R 4:06 KO(左フック→パウンド)UFC 318: Holloway vs. Poirier 32025年7月19日
○バニラト・アントゥネス1R 2:44 KO(右肘打ち)Dana White's Contender Series 712024年10月8日
○イオニアス・パレオゴロス1R 4:59 TKO(ボディへの右膝蹴り)OKTAGON 532024年2月9日
○ウィル・チョープ1R 0:31 ギロチンチョークSPARTA CF 32023年10月6日
○パトリック・スパイク1R 0:48 肩固めSPARTA CF 22023年3月10日
○クレバーソン・クルーズ1R 2:48 TKO(スタンドパンチ連打)BRAVE CF 612022年8月6日
○マイケル・リルシュ1R 0:46 ダースチョークNFC 82022年4月2日
○ギオルギ・カンカヴァ2R 0:00 KO(スタンドパンチ連打→パウンド)GMC Fight Night 82021年6月18日
○イブラヒム・チェリク1R 0:00 TKO(スタンドパンチ連打)GMC 252021年5月21日
○ライス・ナジャール1R 0:44 TKO(スタンドパンチ連打)GMC Fight Night 62021年3月19日
○ヴラダン・マクシッチ1R 0:53 リアネイキドチョークEMC 42020年2月28日
○コルヤ・プレドイェビッチ1R 0:34 リアネイキドチョークNFC 12019年10月25日
×ジョニ・パロカイ5分3R終了 判定0-3GMC 212019年9月7日

プロボクシング

プロボクシング 戦績
1 試合 (T)KO 判定 その他 引き分け 無効試合
1 勝 0 1 0 0 0
0 敗 0 0 0
戦 日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
12023年10月14日☆4R判定 3-0ウィルマー・バロン コロンビアプロデビュー戦
テンプレート

アマチュア総合格闘技

総合格闘技 戦績
5 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
4 勝 1 2 1 0 0 0
1 敗 0 1 0 0
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
○フィルダフス・ハサノフ5分2R終了 判定3-0Integra FC 122019年4月13日
○シャバブ・カラリ1R 1:42 ギロチンチョークIntegra FC 112018年11月10日
○クルシェド・カホロフ1R 0:00 KO(右アッパー→パウンド)Integra FC 82017年11月4日
○イラス・ヒズリエフ2R 0:00 三角絞めIntegra FC 82017年11月4日
×マーク・ファイラ1R 2:49 ギロチンチョークIntegra FC 62016年11月5日

獲得タイトル

  • なし

表彰

  • UFC パフォーマンス・オブ・ザ・ナイト(1回)
  • OKTAGON パフォーマンス・オブ・ザ・ナイト(1回)

脚注

関連項目

外部リンク