イベリアのヨアネ

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イベリアのヨアネ
生誕 不明
ジョージア
死没 1002年頃
アトス山
崇敬する教派 カトリック教会、正教会
記念日 7月12日
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イベリアのヨアネ[1](グルジアのヨアネ、アギオリティスのイオアンニス、イヴェロンのヨアネ等とも、? - 1002年頃)は、グルジアの修道士であり、キリスト教で崇敬される聖人。

来歴

グルジアの貴族の一員として、結婚し軍の司令官として勤務していた。しかし後になってビテュニアで修道士となり、コンスタンティノープルに皇帝によって人質とされていた息子:啓蒙者エクフティメ(グルジア語: ექვთიმე ათონელი Ekvtime Atoneli)を救うために赴いた。

イヴィロン修道院(スタヴロニキタ修道院に通じる小道から撮影)

ヨアネとその息子は多くの弟子を呼び寄せ、アトス山にある聖アサナシオスの修道院に入った。そして将軍職を退役していたヨアネの義理の兄弟トルニコス(Thornikos)の協力を得てイヴィロン修道院を創建した。ヨアネはイヴィロン修道院の最初の典院を務めた。

脚注

  1. ↑ この「イベリア」はイベリア半島を指すものではなく、カフカースのイベリアを指す。

関連項目

外部リンク