ウグリチ公国

ウィキペディアから、無料の百科事典
13世紀の北東ロシア

ウグリチ公国(ロシア語: Углицкое княжество)は、ウグリチを首都として成立した分領公国である。

歴史

ウグリチ公国は1216年にロストフ公(後にウラジーミル大公)コンスタンチンが、ロストフ公国を息子たちに分割相続させたことで成立した。初代のウグリチ公はコンスタンチンの子のウラジーミルであった。

その後、1320年のユーリーの死後、ウグリチ公国はモスクワ公国の支配下に置かれ、モスクワ公家のうち年少の人物が同国を管理するようになった。モスクワの管轄下でウグリチ公国は存続し続け、リトアニア大公国の拡張とモスクワ大公国(後にロシア・ツァーリ国)の中央集権化の中で消滅していくルーシの諸公国の中で、もっとも最後まで存続した公国となった。その統治者であるウグリチ公は総勢23名に上った[1][2]。

出典

  1. ↑ Углич // Энциклопедический словарь Брокгауза и Ефрона : в 86 т. (82 т. и 4 доп.). — СПб., 1890—1907.
  2. ↑ Лавров Н. Ф. Путеводитель по церквам г. Углич. — Ярославль. — 1869.

参考文献

関連項目