エジプト海軍

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エジプト海軍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
エジプト海軍
القوات البحرية المصرية  (アラビア語)
創設 1800
国籍 エジプト
兵科 海軍
兵力 30,000名の現役兵[1]
20,000名の予備兵員[1]
総動員数5万人[1]
船舶320隻[要出典]
上級部隊 エジプト軍
本部 アレクサンドリア, エジプト
標語 知識、名誉、犠牲
象徴色 青、赤、白、黒
    
行進曲 海軍の行進
記念日 10月21日
装備 エジプト海軍の所有する艦船
戦歴 ワッハーブ戦争
ギリシャ独立戦争
クリミア戦争
クレタ島反乱
アングロ=エジプト戦争
第二次世界大戦
第二次中東戦争
北イエメン内戦
第三次中東戦争
帰還戦争
ヨム・キプール戦争
湾岸戦争
シナイ反乱
イエメン内戦 (2015-)
指揮
海軍司令官 海軍少将 アシュラフ・イブラヒム・アトワ
海軍参謀長 エジプト海軍少尉エハブ・ソビー
識別
海軍旗
旗艦
使用作戦機
攻撃機 ラファール, F-16
電子戦機 ノースロップ・グラマン E-2 ホークアイ
戦闘機 ラファール戦闘機, F-16
ヘリ ガゼル, Kaman SH-2G スーパーシースプライト, ウェストランド・シーキング, NH90
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エジプト海軍(エジプトかいぐん)は、エジプト軍に属する海軍である。

歴史

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エジプトの海に関する軍事的な歴史は古く、新王国時代のラムセス3世のころには「海の民」との戦いで、オールを用いて進む軍船で構成された海軍が編制され、プトレマイオス朝にはエーゲ海や東地中海に対する影響力を維持するべく、336隻の軍艦を有する巨大な海軍を構成していた。しかしプトレマイオス朝の衰退に合わせて海軍も弱体化し、紀元前31年のアクティウムの海戦で敗北したことを機に、プトレマイオス朝の滅亡と同時に崩壊した。

およそ1800年後、オスマン帝国の自治州という立ち位置にあったムハンマド・アリー朝にて、国家の近代化政策において地中海と紅海の沿岸部を守備する西欧式の近代的な海軍が建設される。これが現在のエジプト海軍の始まりとなる。

第二次世界大戦後、エジプト海軍は保護国のイギリスからZ級駆逐艦2隻(ミングス・ゼニス)を含む艦艇が導入され、1952年のエジプト革命にてエジプト共和国に引き継がれた。

1956年10月31日、第二次中東戦争にて駆逐艦「イブラヒム・アル・アウワル(旧イギリス海軍駆逐艦メンディップ)」はイスラエルの港湾都市ハイファに向けて砲撃を実施したが、フランス海軍駆逐艦「ケルサン」や、イスラエル海軍駆逐艦「エイラート」「ヤッフォ」、イスラエル空軍ウーラガン戦闘機の応戦を受けて降伏・鹵獲された。

共和制への移行後、ガマール・アブドゥル=ナーセル大統領は第二次中東戦争にてイギリス海軍とフランス海軍の空母機動部隊に制海権を握られた反省から、ソビエト連邦からオーサ型ミサイル艇を含む艦艇を購入し、沿岸部での戦闘能力を向上させた。

1967年10月21日、消耗戦争にてエジプト海軍のコマール型ミサイル艇がテルミート艦対艦ミサイルによってイスラエル海軍駆逐艦「エイラート」を撃沈する戦果を挙げる(エイラート事件)。しかし第四次中東戦争中の1973年10月8日に起きたダミエッタ沖海戦にてイスラエル海軍のミサイル艇艦隊と交戦し、ガブリエル艦対艦ミサイルとテルミート艦対艦ミサイルを無効化するべく編み出された電子戦の前に敗れ去った。

21世紀に入り、地中海に面する国々が海軍戦力を強化するのに合わせてエジプト海軍も戦力を強化し、フランスやイタリアよりホライズン型フリゲート3隻にミストラル級強襲揚陸艦2隻を購入している。

装備(2022年時点)

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詳しくはエジプト海軍艦艇一覧を参照。

脚注

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注釈

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出典

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  1. 1 2 3 International Institute for Strategic Studies (15 February 2023). The Military Balance 2023. London: Routledge. p. 320. ISBN 9781032508955

参考文献

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  • 海人社編「世界の海軍2022-2023」『世界の艦船』4月号増刊、39-41頁。
  • 浅井太輔編「萌えよ!戦車学校 戦後編Ⅳ型」

関連項目

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