エニグモサウルス

ウィキペディアから、無料の百科事典
エニグモサウルス
既知の部位を示す骨格図
地質時代
後期白亜紀セノマニアン - チューロニアン
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
界 : 動物界 Animalia
門 : 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
綱 : 爬虫綱 Reptilia
亜綱 : 双弓亜綱 Diapsida
下綱 : 主竜形下綱 Archosauromorpha
上目 : 恐竜上目 Dinosauria
目 : 竜盤目 Saurischia
亜目 : 獣脚亜目 Theropoda
下目 : テタヌラ下目 Tetanurae
階級なし : コエルロサウルス類 Coelurosauria
上科 : テリジノサウルス上科 Therizinosauroidea
階級なし : テリジノサウルス類 Therizinosauria
属 : エニグモサウルス属 Kayrasaurus
学名
Enigmosaurus
Barsbold & Perle, 1983
タイプ種
Enigmosaurus mongoliensis
Barsbold & Perle, 1983

エニグモサウルス(学名:Enigmosaurus)は、モンゴル国から化石が発見された、テリジノサウルス上科に属する絶滅した獣脚類の恐竜の属[1]。発見部位は骨盤のみである[1]。リンチェン・バルスボルドとアルタンゲレル・ペルレにより1983年に「謎のトカゲ」の意で命名されており、タイプ種エニグモサウルス・モンゴリエンシス(E. mongoliensis)の種小名は化石がモンゴルから産出したことに由来する[1]。

発見と命名

モンゴル国内における化石産地。エニグモサウルスの産地はKhara KhutulはDに位置する。

ホロタイプ標本IGM 100/84はモンゴル国南東部のKhara Khutulにて上部白亜系のバヤンシレ層から発見され、1979年に報告され、別の獣脚類の骨盤と比較された。この時点でテリジノサウルス類についての情報は乏しかった[2]。1980年に本標本はもう一度言及され、下目レベルの分類群としてリンチェン・バルスボルドとアルタンゲレル・ペルレによりセグノサウルス類(Segnosauria)が設立された。当該標本は"Dinosaur from Khara Khutul"として呼称され、セグノサウルス類の標本として短く記載された[3]。

骨盤の復元

タイプ種Enigmosaurus mongoliensisはBarsbold (1983)により記載・命名された。標本は部分的な骨格からなり、頭骨を欠き、腰帯とその他の体骨格要素を含む。属名Enigmosaurusはギリシア語で「謎」を意味するαίνιγμα aínigmaと「トカゲ」を意味するσαῦρος saurosに由来し、その骨盤の形状を反映している。種小名mongoliensisは化石がモンゴルから産出したことにちなむ[4]。イレンダバス層で発見されたテリジノサウルス類の化石も当初はエニグモサウルスのものと考えられていた[5]。なおエニグモサウルスはホロタイプ標本の原記載で言及されていない複数の骨が同一の標本番号(IGM 100/84)の下で管理されており、これらの部位は骨盤と比較して保存状態が悪く、採寸や描画も行われていない。具体的な部位としては大腿骨近位端、大型の大腿骨頭、脛骨骨幹部の可能性のある骨、複数本の肋骨、上腕骨遠位端、暫定的に橈骨として同定された骨と尺骨の近位端である。なお大腿骨はホロタイプ標本と関連した状態で発見されていなかったためTherizinosauria incertae sedisとして扱われるべきであり、その他の骨はホロタイプ標本に関するものである可能性がある。同一の標本番号で扱われていた長さ105センチメートルに達する非常に大型の左大腿骨は、骨盤自体よりも大きいほどであったためホロタイプ標本と関連して取り扱われなかったが、近縁なセグノサウルスに近い大きさを示している[6]。

エルリコサウルスとの関係

エニグモサウルスと同じ地層から産出したテリジノサウルス類にエルリコサウルスがある。エルリコサウルスはエニグモサウルスと異なり骨盤が発見されておらず、また両属を区別する形質が存在しないことから、エニグモサウルスをエルリコサウルスと同一の属と考える研究者もいる。これが実証された場合、エニグモサウルスはエルリコサウルスのジュニアシノニムとなる[7][8]。しかし、エニグモサウルスの骨盤はエルリコサウルスに近縁と考えられるセグノサウルスのものと類似しておらず、また顕著なサイズ差がある[3][4][9]。加えて、エニグモサウルスが下部バヤンシレ層から産出したのに対しエルリコサウルスは上部バヤンシレ層から産出しており[4][10][11]、大多数の研究者は2属を別の動物と見なしている[12][13]。

特徴

仙椎のスケッチ。Aが腹側から見たもの、Bが背側から見たもの

エニグモサウルスは比較的大型のテリジノサウルス類であり、全長約5メートル、体重454 - 907キログラムと推定されている[14]。原記載によれば、エニグモサウルスは恥骨と坐骨が短いこと、および恥骨結合前部の前縁が伸長していることで区別される[4]。しかしリンゼイ・ザノは2010年にエニグモサウルスの記相を改訂し、従来指摘されていなかった固有派生形質が存在するとした[6]。その内訳は、発達した頭側突起と尾側突起が背腹方向に浅いピュービック・ブーツに存在すること、閉鎖孔突起(英語版)とpubic apronが内側で癒合して三放射状の突起を形成することである[6]。またZanno (2010)はBarsbold (1983)が挙げた固有派生形質をより詳細に観察し、ピュービック・ブーツが癒合して内側に拡大し、その拡大部がV字型のトラフ状をなすと詳述した[6]。

復元図

ホロタイプ標本の骨盤は比較的保存が良好であり、仙椎、部分的な腸骨、左右の恥骨、左坐骨から構成される。骨盤は全体的に大型であり、恥骨が後側に向く。腸骨は広く、外側に曲がっており、後背側部に大型の立方体状の突起を保存している。腸骨のpubic peduncleは長く伸び、ischial peduncleは縮小している。恥骨の遠位端は拡大しながら反り返っており、頑強である。坐骨は恥骨より僅かに短く、また恥骨と平行の関係にある。坐骨は骨幹部が細く、また前縁の閉鎖孔突起が水平に長く伸びている。大型の転子窩は縁が開放している。見る限り仙椎は6個の椎骨が保存されており、細長い横突起を持つ[4]。腸骨には骨の吸収と再構築が起きている領域があり、ホロタイプ標本が高齢個体に由来する可能性がある。この場合閉鎖孔突起と恥骨体との癒合は真の固有派生形質でない可能性があり、Zanno (2010)はさらなる研究が必要であるとしている[6]。

分類

エニグモサウルスはその独特な骨盤形態に基づいてエニグモサウルス科という独自の科に分類されたが、後に、現在テリジノサウルス科と呼称されるセグノサウルス科の属と考えられるようになった[4]。Zanno (2010)は本属をより基盤的なテリジノサウルス上科に配置した[6]。

テリジノサウルス類の属の臀部のバリエーション。エニグモサウルスは中央に表示されている。

Hartman et al. (2019)による系統解析の結果を以下に示す。エニグモサウルスはテリジノサウルス上科のうち、テリジノサウルス科やアラシャサウルスおよびキランタイサウルスと多分岐をなす系統的位置に配置されている[13]。

古生態

バヤンシレ層の恐竜(エニグモサウルスは最も左側に黄色で図示)

エニグモサウルスの化石は上部白亜系であるバヤンシレ層のKhara Khutul産地から産出した[4]。Kurumada et al. (2020)はKhongil Tsavと呼ばれる別の産地の方解石にウラン・鉛年代測定法を適用して95.9 ± 6.0 Maから 89.6 ± 4.0 Ma(セノマニアン期からサントニアン期)の絶対年代を得ており、これをバヤンシレ層の年代としている[15]。

テリジノサウルス類であるため、エニグモサウルスは植物食性あるいは雑食性であった可能性が高い[16][17][18]。バヤンシレ層の生物多様性はテリジノサウルス類によって特徴づけられており、エニグモサウルスの他にエルリコサウルスやセグノサウルスの化石が発見されている[19]。ホロタイプ標本が産出したKhara Khutulでは同時代に生息したセグノサウルス[3]や未命名のヴェロキラプトル亜科の獣脚類[20][21]が知られている。バヤンシレ層の動物相は主に上部バヤンシレ層から産出しているが、エニグモサウルスは下部バヤンシレ層から産出している[11]。

ミズキ科の植物に代表されるように、Khara Khutul産地では様々な古植物相が発見されている[22]。様々な果実の化石が被子植物の繁栄を示唆している。オクラのものに類似した果実も発見されているが、その分類は定かでない[23]。

出典

  1. 1 2 3 松田眞由美『語源が分かる 恐竜学名辞典』小林快次、藤原慎一 監修、北隆館、2017年1月20日、252頁。ISBN 978-4-8326-0734-7。
  2. ↑ Barsbold, R. (1979). “Opisthopubic pelvis in the carnivorous dinosaurs”. Nature 279 (5716): 792–793. Bibcode:1979Natur.279..792B. doi:10.1038/279792a0.
  3. 1 2 3 Barsbold, R.; Perle, A. (1980). “Segnosauria, a new suborder of carnivorous dinosaurs”. Acta Palaeontologica Polonica 25 (2): 190–192.
  4. 1 2 3 4 5 6 7 Barsbold, R. (1983). “Хищные динозавры мела Монголии [Carnivorous dinosaurs from the Cretaceous of Mongolia]” (ロシア語). Transactions of the Joint Soviet-Mongolian Paleontological Expedition 19: 89. Translated paper
  5. ↑ Currie, P. J.; Eberth, D. A. (1993). “Palaeontology, sedimentology and palaeoecology of the Iren Dabasu Formation (Upper Cretaceous), Inner Mongolia, People's Republic of China”. Cretaceous Research 14 (2): 138. doi:10.1006/cres.1993.1011.
  6. 1 2 3 4 5 6 Zanno, L. E. (2010). “A taxonomic and phylogenetic re-evaluation of Therizinosauria (Dinosauria: Maniraptora)”. Journal of Systematic Palaeontology 8 (4): 503–543. doi:10.1080/14772019.2010.488045.
  7. ↑ Clark, J. M.; Maryańska, T.; Barsbold, R. (2004). “Therizinosauroidea”. The Dinosauria. University of California Press. p. 159. ISBN 978-0-520-24209-8
  8. ↑ Paul, G. S. (2010). The Princeton Field Guide to Dinosaurs. Princeton University Press. p. 159. ISBN 978-0-6911-3720-9
  9. ↑ Dodson, P. (1993). “Erlikosaurus”. The Age of Dinosaurs. Publications International, LTD. p. 142. ISBN 0-7853-0443-6
  10. ↑ Clark, J. M.; Perle, A.; Norell, M. (1994). “The skull of Erlicosaurus andrewsi, a Late Cretaceous "Segnosaur" (Theropoda, Therizinosauridae) from Mongolia”. American Museum Novitates (3115): 1–39. hdl:2246/3712.
  11. 1 2 Tsogtbaatar, K.; Weishampel, D. B.; Evans, D. C.; Watabe, M. (2019). “A new hadrosauroid (Dinosauria: Ornithopoda) from the Late Cretaceous Baynshire Formation of the Gobi Desert (Mongolia)”. PLOS ONE 14 (4). Bibcode:2019PLoSO..1408480T. doi:10.1371/journal.pone.0208480. PMC 6469754. PMID 30995236.
  12. ↑ Stephan, L.; Emily, J. R.; Perle, A.; Lindsay, E. Z.; Lawrence, M. W. (2012). “The Endocranial Anatomy of Therizinosauria and Its Implications for Sensory and Cognitive Function”. PLOS ONE 7 (12). Bibcode:2012PLoSO...752289L. doi:10.1371/journal.pone.0052289. PMC 3526574. PMID 23284972.
  13. 1 2 Hartman, S.; Mortimer, M.; Wahl, W. R.; Lomax, D. R.; Lippincott, J.; Lovelace, D. M. (2019). “A new paravian dinosaur from the Late Jurassic of North America supports a late acquisition of avian flight”. PeerJ 7. doi:10.7717/peerj.7247. PMC 6626525. PMID 31333906.
  14. ↑ Holtz, T. R.; Rey, L. V. (2007). Dinosaurs: The Most Complete, Up-to-Date Encyclopedia for Dinosaur Lovers of All Ages. Random House Genus List for Holtz 2012 Weight Information
  15. ↑ Kurumada, Y.; Aoki, S.; Aoki, K.; Kato, D.; Saneyoshi, M.; Tsogtbaatar, K.; Windley, B. F.; Ishigaki, S. (2020). “Calcite U–Pb age of the Cretaceous vertebrate‐bearing Bayn Shire Formation in the Eastern Gobi Desert of Mongolia: usefulness of caliche for age determination”. Terra Nova 32 (4): 246–252. Bibcode:2020TeNov..32..246K. doi:10.1111/ter.12456.
  16. ↑ Paul, G. S. (1984). “The segnosaurian dinosaurs: relics of the prosauropod-ornithischian transition?”. Journal of Vertebrate Paleontology 4 (4): 507–515. doi:10.1080/02724634.1984.10012026. ISSN 0272-4634. JSTOR 4523011.
  17. ↑ Zanno, L. E.; Tsogtbaatar, K.; Chinzorig, T.; Gates, T. A. (2016). “Specializations of the mandibular anatomy and dentition of Segnosaurus galbinensis (Theropoda: Therizinosauria)”. PeerJ 4. doi:10.7717/peerj.1885. PMC 4824891. PMID 27069815.
  18. ↑ Macaluso, L.; Tschopp, E.; Mannion, P. (2018). “Evolutionary changes in pubic orientation in dinosaurs are more strongly correlated with the ventilation system than with herbivory”. Palaeontology 61 (5): 703–719. doi:10.1111/pala.12362.
  19. ↑ Lee, Y. M.; Lee, H. J.; Kobayashi, Y.; Carabajal, A. P.; Barsbold, R.; Fiorillo, A. R.; Tsogtbaatar, K. (2019). “Unusual locomotion behaviour preserved within a crocodyliform trackway from the Upper Cretaceous Bayanshiree Formation of Mongolia and its palaeobiological implications”. Palaeogeography, Palaeoclimatology, Palaeoecology 533 (109353): 2. Bibcode:2019PPP...533j9239L. doi:10.1016/j.palaeo.2019.109239. hdl:11336/121962.
  20. ↑ Kubota, K.; Barsbold, R. (2007). “New dromaeosaurid (Dinosauria Theropoda) from the Upper Cretaceous Bayanshiree Formation of Mongolia”. Journal of Vertebrate Paleontology 27 (suppl. to 3): 102A. doi:10.1080/02724634.2007.10010458.
  21. ↑ Turner, A. H.; Makovicky, P. J.; Norell, M. A. (2012). “A Review of Dromaeosaurid Systematics and Paravian Phylogeny”. Bulletin of the American Museum of Natural History 371 (371): 1–206. doi:10.1206/748.1. hdl:2246/6352.
  22. ↑ Khand, Y.; Badamgarav, D.; Ariunchimeg, Y.; Barsbold, R. (2000). “Cretaceous system in Mongolia and its depositional environments”. Cretaceous Environments of Asia. Developments in Palaeontology and Stratigraphy. 17. pp. 49–79. doi:10.1016/s0920-5446(00)80024-2. ISBN 978-0-444-50276-6
  23. ↑ Ksepka, D. T.; Norell, M. A. (2006). “Erketu ellisoni, a long-necked sauropod from Bor Guvé (Dornogov Aimag, Mongolia)”. American Museum Novitates (3508): 1–16. doi:10.1206/0003-0082(2006)3508[1:EEALSF]2.0.CO;2.