オットの祭壇画

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『オットの祭壇画』
イタリア語: Pala degli Otto
英語: Signoria Altarpiece
作者フィリッピーノ・リッピ
製作年1486年
種類板上にテンペラ
寸法355 cm × 255 cm (140 in × 100 in)
所蔵ウフィツィ美術館、フィレンツェ

『オットの祭壇画』(オットのさいだんが、伊: Pala degli Otto, 英: Portrait of an Old Man)、または『シニョリーア祭壇画』(シニョリーアさいだんが、英: Signoria Altarpiece)は、イタリアのルネサンス期の巨匠フィリッピーノ・リッピが1486年に板上にテンペラで制作した祭壇画である。1486 年にフィレンツェの「Magistratura degli Otto di Pratica (8 人の治安判事からなる委員会) 」のために描かれ[1][2][3]、作品の題名にある「オット」は、イタリア語で「8人委員会」を表す「otto」に由来する[3]。本作はおそらくヴェッキオ宮殿の「Sala dei Duegento (200人会議の間)」に掛けられたが、1782年からウフィツィ美術館に所蔵されている[1][2][3][4]。

作品

この祭壇画の図像学的主題は「聖会話」である。中央には、壁龕の中に据えられた玉座に座る聖母マリアが描かれているが、その頭上の小さなドームにはホタテ貝があしらわれているため、彼女は「新たなヴィーナス」 (ヴィーナスは、海からホタテ貝に乗って誕生した) として表現されている[1]。聖母が抱いている幼子イエス・キリストは、小さな本をめくっている[1]。

フィレンツェ市の依頼によって描かれた経緯を強調するために[3]、聖母子の両脇には4人のフィレンツェの守護聖人が配されている。左側に立っているのは洗礼者ヨハネと聖ウィクトルで、右側に並んでいるのは聖ベルナルドゥスと聖ゼノビウス(英語版)である[1][3][4]。画面上部には、2人の天使がバラの花輪と王冠を運んでいる姿が見える。画面下部に置かれた書物は、本作の依頼主であった「オット (8人委員会)」を示唆している[1]。

赤いマントの下にラクダの毛の衣をまとっているヨハネは非常に痩せていて、無精ひげを生やした姿で描かれている。彼は十字架を頂部に据えた杖を手にし、マリアの方を指し示している。豪華な装飾が施された司教冠を被っているのは聖ウィクトルで、開いたページに「MEDICA」(フィレンツェの統治者であったメディチ家への敬意を表す) という文字が記された書物を掲げているのは聖ベルナルドゥスである。聖ゼノビウスは、金糸の刺繍や宝石で飾られた壮麗な祭服を身にまとい、薄いベールが取り付けられた司教杖を手にしている。彼の胸には赤いユリの花が見える[1]が、この花はフィレンツェの紋章である[1][3]。

この絵画について、かつて一部の批評家は若きレオナルド・ダ・ヴィンチの筆によるものと見なしていたが、今日では、レオナルドの素描の1つに触発されて描かれたという説が定説となっている[4]。構図全体が外側へと広がるような動きを見せており、玉座の周囲に配された様々な要素がその動きを強調している。4人の聖人の衣服は躍動感に満ち、生き生きとしたひだを形成しているほか、建築的要素には精緻な彫り込みや金箔を用いた浮彫装飾が施されている[4]。画面上部の天使には、特にレオナルドの影響が見て取れる[3]。リッピの鋭い観察眼からは、彼がいかにレオナルドの作品を研究していたかがわかる。しかし、赤、青、濃い紫といった鮮やかな色彩の使い方は、彼が独自の感性に従って制作していたことを物語っている[4]。

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 7 8 “Pala degli Otto”. analisidelloperaサイト (イタリア語). 2026年10月11日閲覧。
  2. 1 2 “Pala degli Otto”. Virtual Uffizi Galleryサイト (英語). 2026年10月11日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 ルチアーノ・ベルティ、アンナ・マリーア・ペトリオーリ・トファニ、カテリーナ・カネヴァ、1994年、64-65頁。
  4. 1 2 3 4 5 “Signoria Altarpiece”. Web Gallery of Artサイト (英語). 2026年10月11日閲覧。

参考文献

  • ルチアーノ・ベルティ、アンナ・マリーア・ペトリオーリ・トファニ、カテリーナ・カネヴァ『ウフィツィ美術館』、みすず書房、1994年、ISBN 4-622-02709-7

外部リンク