カラン空港

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カラン空港
Lapangan Terbang Kallang
加冷机场
காலாங் விமான நிலையம்

Kallang Airport
旧ターミナルビル(2021年)
IATA: 不明 - ICAO: 不明
概要
国・地域 シンガポールの旗 シンガポール
所在地 カラン
母都市 シンガポール
種類 民間(廃止)
開港 1937年6月12日
閉鎖 1955年
座標 北緯1度18分26.68秒 東経103度52分24.16秒 / 北緯1.3074111度 東経103.8733778度 / 1.3074111; 103.8733778
地図
空港跡地の位置
空港跡地の位置
カラン空港
空港跡地の位置
滑走路
方向 長さ×幅 (m) 表面
06/24(廃止) 1,676×約50(建設時) アスファルト(資料記載)
滑走路の方向・長さ・表面はOurAirportsによる[1]。幅は日本占領期の建設時の値[2]。座標はOurAirportsによる[3]。
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空港の一覧
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カラン空港(カランくうこう、英語: Kallang Airport)は、シンガポールのカランにかつて存在した空港である。カラン飛行場とも呼ばれる[4]。

1937年に開港した、シンガポールで初めて民間航空用に建設された空港である。それ以前の民間航空は、軍用のセレター飛行場などを利用していた[5][6]。第二次世界大戦中には軍用にも使用され、戦後は民間航空の発展に伴って手狭になった。1955年にパヤレバー空港が開港すると、民間空港としての役割を終えた[4]。旧ターミナルビルなどは閉鎖後も残り、保存の対象となっている[5]。

歴史

計画と建設

カラン空港の建設以前、シンガポールの商業航空便は主にイギリス空軍のセレター飛行場で取り扱われていた[6]。新空港の候補地としてカランが選ばれた理由には、市街中心部に近いこと、航空機の進入に適した場所であること、陸上機と水上機の双方を扱えることがあった[5]。

建設予定地のカラン盆地には湿地が広がっており、工事に先立って埋め立てが行われた。埋め立ては1932年に始まり、1936年に完成した。空港には旅客ターミナルのほか、格納庫2棟、円形の飛行場、水上機用の傾斜路が設けられた[7]。シンガポール出入国管理局によると、正式開港前の1935年には航空機が着陸している[8]。

開港と戦前

1937年6月12日、海峡植民地総督シェントン・トーマスにより正式に開港した[5]。当時の空港は、東西を結ぶ航空路上に位置するシンガポールの玄関口として計画された[5]。開港直後には、世界一周飛行に挑戦していたアメリカの飛行士アメリア・イアハートも立ち寄っている[9]。

開港に合わせてウェアーンズ・エア・サービシズ(Wearnes Air Services)がクアラルンプールおよびペナンへの運航を始め、その後イポーなどにも路線を広げた[10]。

第二次世界大戦と戦後

第二次世界大戦中、カラン飛行場は軍用にも使用された。日本によるシンガポール占領中には舗装滑走路が設けられ、戦後には大型化する旅客機に対応するため、滑走路の補修や延長が行われた[9]。占領中に建設された滑走路は長さ5,500フィート(約1,676メートル)、幅165フィート(約50メートル)で、コンクリートで舗装されていた[2]。OurAirportsは同空港の滑走路について、方向を06/24、表面をアスファルトと記載している[1]。

戦後は民間航空の利用が再び拡大した。1947年には、後のシンガポール航空につながるマラヤン航空が、カランを起点にクアラルンプール、イポー、ペナンへ定期便を開設した[11][10]。空港の周辺では、延長された滑走路がマウントバッテン・ロードを越えており、航空機の発着時には道路の交通を止める必要があった[4]。

航空機の大型化と交通量の増加が進む一方、カランでは滑走路をさらに延長することが難しかった[4]。1951年にはパヤレバーに新空港を建設することが決まり、1955年のパヤレバー空港開港に伴ってカラン空港は閉鎖された[11][8]。

閉鎖後

空港の機能移転後、周辺の土地や滑走路の跡地は再開発された[5]。旧ターミナルビルは1960年から2009年まで、地域社会に関する活動を行う人民協会(People's Association)の本部として使われた[9]。

空港の建物と敷地は2008年12月5日に保存対象に指定された[5]。保存されている施設には、旧ターミナルビル、隣接する建物、格納庫や門柱などがある[5]。旧空港は2011年以降、芸術・文化関係の催しなどにも利用されている[9]。

施設

開港当時は、陸上機がさまざまな方向から離着陸できる円形の飛行場を備えていた。また、カラン盆地の水面を利用する水上機のため、飛行場の西側に受け入れ施設が設けられていた[9]。陸上機と水上機を一体的に扱える立地は、空港の計画時に重視された特徴の一つだった[5]。

ターミナルビルは政府の建築家フランク・ドリントン・ウォードが設計した[9]。建物はアール・デコとモダニズムの要素を組み合わせたもので、中央にはガラス張りの円筒形の管制塔が設けられている[12]。開港時、建物内の中央ホールにはレストランがあった[9]。

航空事故

1954年3月13日、英国海外航空(BOAC)のロッキード・コンステレーションがカラン空港への着陸時に墜落し、乗客31人と乗員2人の計33人が死亡した。同機はシドニー発ロンドン行きの定期便だった[13]。

脚注

  1. 1 2 “Kallang Airport runways” (英語). OurAirports. 2026年11月4日閲覧。
  2. 1 2 Goh Yong Kiat (2022年). “Dawn of Commercial Aviation in Singapore” (PDF) (英語). Aerospace Singapore. Association of Aerospace Industries (Singapore). 2026年11月4日閲覧。
  3. ↑ “Kallang Airport [CLOSED]” (英語). OurAirports. 2026年11月4日閲覧。
  4. 1 2 3 4 “大英帝国随一のモダンなターミナル「旧カラン飛行場」”. AsiaX (2011年4月18日). 2026年11月4日閲覧。
  5. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “Former Kallang Airport Conservation Area” (英語). Urban Redevelopment Authority. 2026年11月4日閲覧。
  6. 1 2 “Kallang: A Trailblazer” (英語). National Heritage Board. 2026年11月4日閲覧。
  7. ↑ Lim Tin Seng (2017年4月4日). “Land From Sand: Singapore’s Reclamation Story” (英語). BiblioAsia. National Library Board. 2026年11月4日閲覧。
  8. 1 2 “Border Security & Immigration” (英語). Immigration & Checkpoints Authority. 2026年11月4日閲覧。
  9. 1 2 3 4 5 6 7 “With Style and Substance” (PDF) (英語). Singapore Land Authority. 2026年11月4日閲覧。
  10. 1 2 Ang Seow Leng (2022年7月7日). “A Great Way to Fly: The Singapore Airlines Story” (英語). BiblioAsia. National Library Board. 2026年11月4日閲覧。
  11. 1 2 “Integrating the Planning of Airports and the City: The Singapore Story” (PDF) (英語). Centre for Liveable Cities. 2026年11月4日閲覧。
  12. ↑ “Frank Dorrington Ward” (英語). National Library Board. 2026年11月4日閲覧。
  13. ↑ “Aircraft Accident. Singapore” (英語). UK Parliament (1954年3月15日). 2026年11月4日閲覧。

関連項目