カワード2世

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カワード2世
𐭪𐭥𐭠𐭲
サーサーン朝の王
628年にシャフレ・レイで鋳造されたカワード2世のコイン。

在位期間
628年2月25日 –
628年9月6日
先代 ホスロー2世
次代 アルダシール3世

出生 590年
死亡 628年9月6日(37-38歳没)
父親 ホスロー2世
母親 マリア
子女
アルダシール3世
信仰 ゾロアスター教
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カワード2世(Kavad II、パフラヴィー語: 𐭪𐭥𐭠𐭲、Kawād、ペルシア語: قباد)は、サーサーン朝の王(シャー)。在位:(628年)

治世

父ホスロー2世により幽閉されていたが、628年に封建貴族たちにより解放されたのちクーデターを起こして即位し、父及び兄弟を全て粛清した。

カワード2世はその治世中において、キリスト教徒に完全な信教の自由を与えた[1]。また、東ローマ・サーサーン戦争を終結させて東ローマ帝国との関係を修復した。

しかし、まもなくシュロエの疫病(英語版)と呼ばれる(おそらく)ペストに罹患して崩御。跡を継いだ息子のアルダシール3世はわずか7才であり、以降サーサーン朝は一気に衰退へ向かうこととなる。

出典

  1. ↑ Neusner 1990, p. 161.

参考文献

  • Neusner, Jacob (1990). Judaism, Christianity, and Zoroastrianism in Talmudic Babylonia. Scholars Press. ISBN 9781555404741 
カワード2世

590年 - 628年9月6日

先代
ホスロー2世
サーサーン朝の王
25 February 628 – 6 September 628
次代
アルダシール3世