キム・カーンズ
Kim Carnes
キム・カーンズ(2008年)
基本情報
生誕 (1945-07-20) 1945年7月20日(79歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カリフォルニア州ハリウッド
ジャンル ロック、カントリー、ブルー・アイド・ソウル
職業 シンガーソングライター
活動期間 1967年 - 現在
公式サイト http://www.kimcarnes.com/

キム・カーンズ(Kim Carnes、1945年7月20日 - )は、アメリカ合衆国の歌手。「ベティ・デイビスの瞳(Bette Davis Eyes)」のヒットで知られる。

来歴

ロサンゼルス出身。父親は弁護士で、母親は病院の理事を務めていた[1]。幼少時、隣人にデヴィッド・リンドレーがいた。1963年、サンマリノ高校を卒業。

1966年にフォークグループのニュー・クリスティ・ミンストレルズのメンバーとしてデビュー。デイヴ・エリングソンとともに、キム&デイヴ名義で歌った「ノーボディー・ノウズ (Nobody Knows)」が1971年の映画『バニシング・ポイント』でエンディングの曲として採用される。

1971年、アルバム『Rest on Me』でソロ・デビュー。セールス的にはさほど恵まれなかったが、独特のハスキーボイスに特徴があり、安定的な活動を続ける。ようやく1980年に「モア・ラブ (More Love)」、ケニー・ロジャースとのデュエット曲「荒野に消えた愛 (Don't Fall In Love With A Dreamer)」がヒットした。

1981年、ジャッキー・デシャノンの「ベティ・デイビスの瞳」をカバーし全米で9週1位という記録的な大ヒットとなった。世界各国のチャートでも1位を獲得。グラミー賞の最優秀楽曲賞、最優秀レコード賞を受賞した。同曲を収録したアルバム『私の中のドラマ(Mistaken Identity)』もアメリカ、フランス、ニュージーランド、ノルウェーなどで1位を記録した。日本でもホンダ・タクト(スクーター・初代)のテレビCM曲に採用されている。

USAフォー・アフリカにてウィ・アー・ザ・ワールドを歌う

1985年にはUSAフォー・アフリカに参加し、「ウィ・アー・ザ・ワールド」のブリッジ部分でリードボーカルをとった。

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

ライブ・アルバム

コンピレーション・アルバム

脚注

  1. ↑ Starrs, Chris (November 5, 2009). “Kim Carnes has friends in high places”. Online Athens. July 20, 2014閲覧。

外部リンク

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