クラウス・ルートヴィッヒ

クラウス・ルートヴィヒ(Klaus Ludwig、1949年10月5日 - )は、ドイツのレーシングドライバー。ボン出身。姓はルドヴィック、ルドヴィクと表記される場合もある。ドイツで最も成功したツーリングカー、スポーツカードライバーとして知られており、「カイザー(皇帝)」、「キング・ルートヴィヒ」の異名でも知られている。
キャリア

同じ時期に活躍したドイツ出身のドライバーではヨッヘン・マス、ハンス=ヨアヒム・スタック、ロルフ・シュトメレン、ハラルド・アートル、ハンス・ヘイヤーなどがいる。彼らは、フォーミュラレースに重点を置いてF1に進出したのち、ツーリングカーやスポーツカーレースに転向したり、並行して参戦したりする中、ルートヴィヒは1970年代からドイツレーシングカー選手権を中心に長らく一貫してツーリングカーとスポーツカーレースを主戦場として活躍した。
1976年および1977年にはルートヴィッヒもヨーロッパF2選手権に参戦するチャンスに恵まれたが、フォーミュラでは好成績を残すことができなかった。

ル・マン24時間レースには1978年に初参戦。2度目の挑戦となる翌年に総合優勝を果たす。その後も1986年まで毎年参戦を続け、1984年と1985年も総合優勝する好成績を残した。
ドイツツーリングカー選手権にも1985年から参戦を開始し、1987年には世界ツーリングカー選手権(WTC)にもクラウス・ニーヅビーズと組んでフォードから参戦したが、第8戦のバサーストが車両レギュレーション違反として後に失格となり、BMWのロベルト・ラヴァーリアにドライバーズタイトルを奪われ、ランキング2位となった。その差は僅か1ポイントであった。
1988年からは再びDTMに参戦することとなり、フォード・シエラで選手権を制した。 1989年はメルセデスに移籍したが、ニュルブルクリンクでのアルミン・ハーネとの衝突事故で腕を骨折。この怪我で何戦か、欠場を余儀なくされた。この事故は長年にわたって開催されているDTMの歴史の中でも最も深刻な事故の一つであった。

ルートヴィヒはその後もメルセデスのワークスドライバーとして参戦を続け、1992年と1994年にもタイトルを獲得した。1995年はオペルに移籍し、オペル・カリブラをドライブ。ランキング3位を得た。DTMが一時シリーズ消滅したため、1997年にはメルセデスでFIA GT選手権のGT1クラスに参戦。翌年チャンピオンに輝いた。1999年はメルセデス以外GT1クラスに参戦するメーカーがおらず、GT2クラスのみでの開催となったためシートを喪失。引退を表明したが、ザクスピードのクライスラー・バイパーGTS-Rのシートを得た事により、レース復帰を果たす。3回目の総合優勝を果たし、ニュルブルクリンクの24時間レースからは一線を退く。
2000年シーズンは復活したドイツツーリングカー選手権に参戦。この時の年齢は50歳であった。ザクセンリンクで2勝を挙げた。このときの優勝はDTMレースにおいて最高齢の記録であった。シリーズランキングも3位と好成績を残し、最後のDTM参戦を終えた。
2004年、2005年、2006年、彼はユルゲン・アルゼンと共にユルゲンアルゼンモータースポーツチームで、ポルシェ・996 GT2バイターボ(2004–2005)続いてポルシェ・997(2006)でニュルブルクリンク・ノルトシュライフェ24時間レースに参戦。2007年にはアストンマーティン・DBRS9で参戦。
2001年から2006年、DTMレースでARDの解説者に。彼は正式に60歳でのレースからの引退を発表していたが、2011年にポルシェ・997でニュルブルクリンクの24時間レースに参加して後、2012年に再び登録。ニック・ハイドフェルドとゲンバラ-マクラーレンで、「Schwedenkreuz」セクションの少し前に遅い車をラップするとき、ルートヴィヒは重大な事故にあい後に引退[1][2]。ドライバーは負傷はしなかったが、ルートヴィヒが追い越しの際「存在しないギャップ」で重大な事故の原因となったため、事故は異なる車両クラスが出走するレースでの配慮と相互尊重について議論を引き起こした。この行為でDMSBは「スポーツ法的な捜査」を開始し[3]Dr. ルートヴィヒの座席パイロットクラウス・ワイグナーも10,000ユーロの罰金を科された[4]。

レース成績
- ル・マン24時間レースの勝者:1979、1984、1985
- ニュルブルクリンクでの24時間レースの勝者:1982、1987、1999
- FIA GT世界チャンピオン:1998
- DTMマスター:1988、1992、1994
- DRMマスター: 1979、1981
ヨーロッパ・フォーミュラ2選手権
| 年 | チーム | シャーシ | エンジン | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 順位 | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1976年 | カウセン・レーシングチーム | マーチ・762 | ハート | HOC Ret |
THR | VAL 13 |
SAL | PAU 7 |
HOC 9 |
ROU | MUG 9 |
PER | EST | NOG 6 |
HOC 10 |
12位 | 4 | |
| 1977年 | シャブイーユ・2J | ルノー | SIL Ret |
THR Ret |
HOC Ret |
NÜR 8 |
VAL DSQ |
PAU 7 |
MUG | ROU | NOG | PER | MIS | EST | NC | 0 | ||
| シェブロン・カーズ | シェブロン・B40 | フォード | DON Ret |
世界ツーリングカー選手権
| 年 | チーム | 使用車両 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 順位 | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1987年 | エッゲンバーガー・モータースポーツ | フォード・シエラRSコスワース | MNZ DSQ |
JAR 5 |
DIJ 3 |
NÜR 1 |
SPA Ret |
2位 | 268 | ||||||
| フォード・シエラ RS500 | BRN 1 |
SIL 6 |
BAT DSQ |
CLD 12 |
WEL 1 |
FSW 1 |
ドイツツーリングカー選手権
国際ツーリングカー選手権
| 年 | チーム | 使用車両 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 順位 | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1995年 | チーム・ロズベルグ | オペル・カリブラ V6 4×4 | MUG 1 8 |
MUG 2 Ret |
HEL 1 15 |
HEL 2 Ret |
DON 1 8 |
DON 2 Ret |
EST 1 17 |
EST 2 8 |
MAG 1 3 |
MAG 2 Ret |
14位 | 21 | ||||||||||||||||
| 1996年 | ザクスピード・オペル | HOC 1 Ret |
HOC 2 DNS |
NÜR 1 Ret |
NÜR 2 Ret |
EST 1 3 |
EST 2 11 |
HEL 1 3 |
HEL 2 Ret |
NOR 1 1 |
NOR 2 1 |
DIE 1 Ret |
DIE 2 Ret |
SIL 1 1 |
SIL 2 Ret |
NÜR 1 Ret |
NÜR 2 11 |
MAG 1 9 |
MAG 2 5 |
MUG 1 |
MUG 2 |
HOC 1 1 |
HOC 2 2 |
SAO 1 Ret |
SAO 2 18† |
SUZ 1 Ret |
SUZ 2 10 |
7位 | 130 |
FIA GT選手権
| 年 | チーム | 使用車両 | クラス | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 順位 | ポイント |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1997年 | クレマー・レーシング | ポルシェ・911 GT1 | GT1 | HOC 8 |
SIL | 4位 | 51 | |||||||||
| AMG -メルセデス | メルセデス・ベンツ・CLK-GTR | HEL 11 |
NÜR 1 |
SPA 5 |
A1R 1 |
SUZ 2 |
DON 4 |
MUG 9 |
SEB 1 |
LAG 1 | ||||||
| 1998年 | GT1 | OSC 1 |
SIL 4 |
1位 | 77 | |||||||||||
| メルセデス・ベンツ・CLK-LM | HOC 2 |
DIJ 1 |
HUN 2 |
SUZ 2 |
DON 2 |
A1R 1 |
HMS 1 |
LAG 1 |
ル・マン24時間レース
| ル・マン24時間レース 結果 | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年 | チーム | コ・ドライバー | 使用車両 | クラス | 周回 | 順位 | クラス 順位 |
| 1978年 | ポルシェ・935/77 | Gr.5 +2.0 |
19 | DNF | DNF | ||
| 1979年 | ポルシェ・935K3 | Gr.5 +2.0 |
307 | 1位 | 1位 | ||
| 1982年 | フォード・C100 | C | 67 | DNF | DNF | ||
| 1983年 | ポルシェ・956 | C | 354 | 6位 | 6位 | ||
| 1984年 | ポルシェ・956B | C1 | 360 | 1位 | 1位 | ||
| 1985年 | C1 | 374 | 1位 | 1位 | |||
| 1986年 | C1 | 196 | DNF | DNF | |||
| 1988年 | ポルシェ・962C | C1 | 394 | 2位 | 2位 | ||
| 1998年 | メルセデス・ベンツ・CLK-LM | GT1 | 19 | DNF | DNF | ||
セブリング12時間レース
| セブリング12時間レース 結果 | |||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年 | チーム | コ・ドライバー | 使用車両 | クラス | 周回 | 順位 | クラス 順位 |
| 1988年 | ポルシェ・962 | GTP | 318 | 1位 | 1位 | ||
受賞歴
- 1988年のADACモータースポーツアスリートオブザイヤー
脚注
- ↑ (日本語) Nürburgring 24h Rennen 2012 Unfall Gemballa Racing McLaren - MP4 12C GT3 2019年12月18日閲覧。
- ↑ (日本語) Klaus Ludwig Crash 24h Nürburgring 2012 Onboard Camera Gemballa McLaren 2019年12月18日閲覧。
- ↑ (日本語) Interview Klaus Weigner Unfall McLaren Klaus Ludwig 2019年12月18日閲覧。
- ↑ Speedweek印刷版
外部リンク
- クラウス・ルートヴィッヒの著作およびクラウス・ルートヴィッヒを主題とする文献 - ドイツ国立図書館の蔵書目録(ドイツ語)より。
| スポーツ職 | ||
|---|---|---|
| 先代 ディディエ・ピローニ ジャン=ピエール・ジョッソー |
ル・マン24時間優勝者 1979 with: ドン・ウィッティントン ビル・ウィッティントン |
次代 ジャン・ロンドー ジャン=ピエール・ジョッソー |
| 先代 ヴァーン・シュパン ハーレイ・ヘイウッド アル・ホルバート |
ル・マン24時間優勝者 1984 with: アンリ・ペスカロロ |
次代 クラウス・ルートヴィッヒ パオロ・バリッラ ジョン・ウィンター |
| 先代 アンリ・ペスカロロ クラウス・ルートヴィッヒ |
ル・マン24時間優勝者 1985 with: パオロ・バリッラ ジョン・ウィンター |
次代 デレック・ベル ハンス=ヨアヒム・スタック アル・ホルバート |