グリーン・ボックス

ウィキペディアから、無料の百科事典

有限会社 グリーン・ボックスは、1970年代から1982年にかけて存在した日本のアニメ制作会社。グリーンBOXとも表記した[1]。

タツノコプロの制作だった佐藤光雄が中心になって設立した[2][3]。アニメの作画や制作などを手がけた。

1982年、実制作を担っていた『手塚治虫のドン・ドラキュラ』が広告代理店の倒産で4話で放送中止[1]。この倒産劇で不渡り手形が生じており[4]、同時に放送がスタートした『科学救助隊テクノボイジャー』の制作中に解散して活動を停止した[1]。

作品リスト

元請制作

制作協力

出典

  1. 1 2 3 アニメージュ編集部編『TVアニメ25年史』徳間書店、1988年、p.121
  2. ↑ 原口正宏、長尾けんじ、赤星政尚『タツノコプロ・インサイダーズ』講談社、2002年、p.53。酒井あきよしインタビュー。
  3. ↑ ブレインナビ編『ザンボット3・ダイターン3大全』双葉社、2003年、p.20
  4. ↑ 小山高生「小山高生のだからギャグアニメはやめられない10 幻の名作ドン・ドラキュラ」『アニメージュ』1985年7月号、p.154

関連人物