ケン・ドライデン
| ケン・ドライデン PC OC | |
|---|---|
|
モントリオール・カナディアンズ時代(1978年) | |
| 本名 | ケネス・ウェイン・ドライデン |
| 原語名 | Kenneth Wayne Dryden |
| 生誕 |
1947年8月8日 |
| 死没 | 2025年9月5日(78歳没) |
| 身長 | 6 ft 4 in (1.93 m) |
| ポジション | ゴールテンダー |
| キャッチ | 左手 |
| 所属したチーム |
モントリオール・ボエジャース(AHL) モントリオール・カナディアンズ(NHL) |
| 代表 | カナダ |
| NHLドラフト |
全体14位(1964年) ボストン・ブルーインズ |
| プロ選手期間 | 1970年 – 1979年 |
| 1983年殿堂入り | |
| ケン・ドライデン Ken Dryden | |
|---|---|
|
2011年4月 | |
| 出身校 |
コーネル大学 マギル大学 |
| 前職 |
プロアイスホッケー選手 弁護士 実業家 作家 |
| 所属政党 | 自由党 |
| 称号 | PC OC |
| 配偶者 | リンダ |
| 在任期間 | 2004年7月20日 - 2006年2月5日 |
| 選挙区 | ヨーク・センター |
| 在任期間 | 2004年 - 2011年 |
ケン・ドライデン(英語: Ken Dryden PC OC, 1947年8月8日 - 2025年9月5日)は、カナダ連邦オンタリオ州ハミルトンの元プロアイスホッケー選手。ポジションはゴールテンダー。現役引退後は弁護士、実業家、政治家、作家に転身。2012年、カナダ勲章オフィサーに叙せられた。[1]
経歴
ホッケー歴
1964年のNHLドラフト全体14位でボストン・ブルーインズから指名され、6月にNHLでのプレー経験のなかったガイ・アレン(Guy Allen)とポール・リード(Paul Reid)を交換選手として、ブルーインズからモントリオール・カナディアンズにトレードされた。
しかしNHL入りへの道を選ばず、コーネル大学で学士取得を目指す傍ら、1969年の卒業まで同校でアイスホッケーを続けた。6フィート4インチの長身と長いリーチを生かし、コーネル大学を1967年のNCAA優勝と3年連続のECACトーナメント優勝に導いた。このことから、カレッジアイスホッケー史上最高のゴールテンダーであると評価する声もある。
当時、米国の大学選手がNHL入りすることは極めて異例のことであったが、コーネル大学を卒業してからは、AHLのモントリオール・ボエジャース(Montreal Voyageurs)で足慣らしをした後、 1971年3月のシーズン終盤にNHLデビューを飾り6試合で9失点を記録、プレーオフでは20試合で平均失点3.00を記録し、翌シーズンに新人王としてカルダー記念賞を受賞する前のシーズンに、プレーオフMVPに贈られるコーン・スマイス賞を受賞した。
1970年代カナディアンズの6度のスタンレー・カップ優勝の原動力として活躍し、1972年に歴史的なサミットシリーズのゴールテンダーに選ばれ、重いプレッシャーの中、4試合で2勝2敗防御率4.75の成績を残した。
カナディアンズが1976年から1979年の間に4年連続でスタンレーカップ優勝を果たした際に、ドライデンは同じく4年連続でヴェジーナ賞を受賞した。1976-77シーズンには、リーグ最多の10回のシャットアウトを記録し、平均失点2.14、41勝6敗8分という高成績を残し、翌シーズンにはNHLトップの平均失点2.05を記録した。
史上屈指のゴーリーとして高く評価されたが、1970年から1979年まで(途中の1973-1974シーズンは就学のためにプレーしなかった)わずか8シーズン(厳密には、初年度は6試合にしか出場していないことから、実質的にフルシーズン出場したのは7シーズン)で、マギル大学で法学を修めるために31歳で完全にプロ生活を引退した。1983年にはホッケーの殿堂入りを果している。
余りに早く引退してしまったために、他の歴史に残るゴールテンダー達と比べると、残された記録の総合的な数値は劣る。しかし、その活躍した時代はちょうどカナディアンズの黄金期であったことも手伝って、例えば、一試合平均失点2.24、397試合出場でわずか57敗しかせず、また258勝のうち46試合がシャットアウト勝ちなど驚くべき成績も残されている。NHL100試合以上をプレーしたゴーリー史上最高のセーブ率.922を記録した。[2]
パックが自分のゾーンからクリアされたり笛が鳴ったとき、スティックの刃先を氷に突き立て、リラックスして腕を氷の上で組む彼の印象的な「思考者のポーズ」がトレードマークであった。
学歴
歴史学でコーネル大学のB.A号を、法学でマギル大学のLL.B号を取得した。また、オタワ大学、ウィンザー大学、ヨーク大学、マックマスター大学、ハリファックスのセントメリー大学、ナイアガラ大学及びブリティッシュコロンビア大学から名誉博士号を授与されている。
作家歴
ホッケー界から足を洗ったドライデンは、作家に転身した。1983年に発表された著書『The Game』(ISBN 0470833556)は商業的にも成功を収め、また1986年のカナダ総督賞を受賞するなど評論家筋にも受ける作品となった。また、2作目となる1990年のロイ・マクレガーとの共著『Home Game: Hockey and Life in Canada』(ISBN 0771028725)は、CBCによって6部構成のテレビ・ドキュメンタリーとされた。その後も1993年の『The moved and the shaken: The story of one man's life』(ISBN 0670821705)、カナダにおける教育制度を取り扱った1995年のマクレガーとの共著『In School : Our Kids, Our Teachers, Our Classrooms』(ISBN 0771028695)を発表している。
ビジネス歴
また、1984年から1986年までオンタリオ州の first Youth Commissioner を務めた。また、1980年、1984年、1988年の各冬季オリンピックにおいてはテレビのホッケー解説を行った。さらに、1997年から2004年までトロント・メープルリーフスの会長を務めた。
政治歴
2004年カナダ総選挙において自由党から立候補して下院議員に当選した。ポール・マーティン首相の下、社会開発大臣として入閣を果たした。
死去
家族
妻リンダとの間に2人の子供がいる。兄のデイブ・ドライデンもNHLのバッファロー・セイバーズなどで活躍したゴーリーである。なお、1971年3月2日には兄弟で敵味方のゴーリーとして初対峙している。
詳細情報
レギュラーシーズンとプレーオフの成績
| レギュラーシーズン | プレーオフ | ||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| シーズン | チーム | リーグ | 試合 | 勝 | 敗 | 引分 | 分数 | GA | SO | GAA | SV% | 試合 | 勝 | 敗 | 分数 | GA | SO | GAA | SV% | ||
| 1963–64 | Humber Valley Packers | MTHL | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | ||
| 1964–65 | Etobicoke Indians | MetJHL | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | — | ||
| 1966–67 | Cornell University | ECAC | 27 | 26 | 0 | 1 | 1,646 | 40 | 4 | 1.46 | .945 | — | — | — | — | — | — | — | — | ||
| 1967–68 | Cornell University | ECAC | 29 | 25 | 2 | 0 | 1,620 | 41 | 6 | 1.52 | .938 | — | — | — | — | — | — | — | — | ||
| 1968–69 | Cornell University | ECAC | 27 | 25 | 2 | 0 | 1,578 | 47 | 3 | 1.79 | .936 | — | — | — | — | — | — | — | — | ||
| 1970–71 | Montreal Voyageurs | AHL | 33 | 16 | 7 | 8 | 1,899 | 84 | 3 | 2.68 | — | — | — | — | — | — | — | — | — | ||
| 1970–71 | モントリオール・カナディアンズ | NHL | 6 | 6 | 0 | 0 | 327 | 9 | 0 | 1.65 | .957 | 20 | 12 | 8 | 1,221 | 61 | 0 | 3.00 | .914 | ||
| 1971–72 | モントリオール・カナディアンズ | NHL | 64 | 39 | 8 | 15 | 3,800 | 142 | 8 | 2.24 | .930 | 6 | 2 | 4 | 360 | 17 | 0 | 2.83 | .911 | ||
| 1972–73 | モントリオール・カナディアンズ | NHL | 54 | 33 | 7 | 13 | 3,165 | 119 | 6 | 2.26 | .926 | 17 | 12 | 5 | 1,039 | 50 | 1 | 2.89 | .908 | ||
| 1974–75 | モントリオール・カナディアンズ | NHL | 56 | 30 | 9 | 16 | 3,320 | 149 | 4 | 2.69 | .906 | 11 | 6 | 5 | 688 | 29 | 2 | 2.53 | .916 | ||
| 1975–76 | モントリオール・カナディアンズ | NHL | 62 | 42 | 10 | 8 | 3,580 | 121 | 8 | 2.03 | .927 | 13 | 12 | 1 | 780 | 25 | 1 | 1.92 | .929 | ||
| 1976–77 | モントリオール・カナディアンズ | NHL | 56 | 41 | 6 | 8 | 3,275 | 117 | 10 | 2.14 | .920 | 14 | 12 | 2 | 849 | 22 | 4 | 1.55 | .932 | ||
| 1977–78 | モントリオール・カナディアンズ | NHL | 52 | 37 | 7 | 7 | 3,071 | 105 | 5 | 2.05 | .921 | 15 | 12 | 3 | 919 | 29 | 2 | 1.89 | .920 | ||
| 1978–79 | モントリオール・カナディアンズ | NHL | 47 | 30 | 10 | 7 | 2,814 | 108 | 5 | 2.30 | .909 | 16 | 12 | 4 | 990 | 41 | 0 | 2.48 | .900 | ||
| NHL 合計 | 397 | 258 | 57 | 74 | 23,330 | 870 | 46 | 2.24 | .922 | 112 | 80 | 32 | 6,846 | 274 | 10 | 2.40 | .915 | ||||
国際大会
| 年度 | チーム | 大会 | 試合 | 勝 | 敗 | 引分 | 分数 | GA | SO | GAA | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1969 | カナダ | 世界選手権 | 2 | 1 | 1 | 0 | 120 | 4 | 1 | 2.00 | |
| 1972 | カナダ | サミットシリーズ | 4 | 2 | 2 | 0 | 240 | 19 | 0 | 4.75 | |
| シニア 合計 | 6 | 3 | 3 | 0 | 360 | 23 | 1 | 3.83 | |||
“Dryden's stats”. The Goaltender Home Page. 2017年8月7日閲覧。
表彰
- ECAC ファーストオールスターチーム (1967年、1968年、1969年)
- NCAAイースト ファーストオールアメリカンチーム (1967年、1968年、1969年)
- NCAAチャンピオンシップ オールトーナメントチーム 1967年
- ECAC 年間最優秀選手 1969年
- スタンレーカップ優勝 1971年、1973年、1976年、1977年、1978年、1979年
- コーン・スマイス賞 1971年
- カルダー記念賞 1972年
- ヴェジーナ賞 1973年、1976年、1977年、1978年、1979年(うち、1977年、1978年、1979年はミシェル・ラロックとの共同受賞)
- NHLオールスターチーム
- 1stチーム:5回(1973年、1976年、1977年、1978年、1979年)
- 2ndチーム:1972年
- ホッケーの殿堂 1983年
- カナダのスポーツ殿堂 1984年
- 最高のNHLプレーヤー100人 2017年
脚注
- ↑ The Honourable Kenneth Wayne (Ken) Dryden
- ↑ 「Goaltender RecordsHighest Save Percentage, Career (Minimum: 100 Games Played)」NHL.com Records 2026年8月14日閲覧
- ↑ Ken Dryden - 2020 Order of Hockey in Canada Honouree
- ↑ “The Montreal Canadiens mourn the passing of Ken Dryden | Montréal Canadiens” (英語). www.nhl.com (2025年9月6日). 2025年9月6日閲覧。