| シビウ Sibiu | |||
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| 位置 | |||
![]() シビウの位置 | |||
| 位置 | |||
| 座標 : 北緯45度47分34秒 東経24度09分07秒 / 北緯45.79278度 東経24.15194度 | |||
| 行政 | |||
| 国 | |||
| 県 | シビウ県 | ||
| 市 | シビウ | ||
| 市長 | アストリド・フォドル | ||
| 地理 | |||
| 面積 | |||
| 市域 | 121 km2 | ||
| 標高 | 431 m | ||
| 人口 | |||
| 人口 | (2007年現在) | ||
| 市域 | 154,458人 | ||
| 人口密度 | 1,277人/km2 | ||
| その他 | |||
| 等時帯 | 東ヨーロッパ時間 (UTC+2) | ||
| 夏時間 | 東ヨーロッパ夏時間 (UTC+3) | ||
| 公式ウェブサイト : http://www.sibiu.ro/ | |||
シビウ(Sibiu、ハンガリー語: Nagyszeben ナジセベン、ドイツ語: Hermannstadt ヘルマンシュタット)はルーマニアのトランシルヴァニア地方南部の都市である。人口は170,000人(2002年)。シビウ県の県都である。
ローマ人が建てた街カエドニア (Caedonia) の近くに、1190年にドイツ人の入植者によって設立された。1241年にはワールシュタットの戦い後、この地でモンゴル帝国軍によりトランシルヴァニア軍が撃退された。14世紀には商業の中心地になった。1376年の書物に19のギルドに分かれた職人たちがいたことが記されている。トランシルヴァニアで最も重要な街になった。17世紀には、西洋社会の東の端の街と考えられており、一時はトランシルヴァニア公国の首都だった時期もある。
非常にドイツ色の濃い都市であったが、19世紀からルーマニア人の活躍が目立ってくる。1860年以後、オーストリア帝国がルーマニア正教会を認可したことから、府主教座が置かれた。
第一次世界大戦後、オーストリア=ハンガリー帝国は解体され、シビウはルーマニア王国に併合された。人口の大多数はルーマニア人であったが、ドイツ人とハンガリー人の大きなコミュニティーを依然として抱えていた。
ドイツ系の人々は、その大半が1950年代から1990年代のあいだにドイツへ移住した。現在市内に残っているのは2000人ほどである。2000年6月30日から2014年12月2日までシビウ市長を務めたクラウス・ヨハニスはドイツ系であり、2014年12月21日よりルーマニア大統領を務める。 2007年の欧州文化首都に選ばれた。

2002年のシビウの人口はおよそ170,000人であり、民族の構成は、
となっている。
シビウは以下の都市との協定を結んでいる[4]。
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