ジョエル・ピネイロ

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ジョエル・ピネイロ
Joel Piñeiro
ロサンゼルス・エンジェルス時代
(2011年7月23日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 プエルトリコの旗 プエルトリコ自治連邦区リオ・ピエドラス
生年月日 (1978-09-25) 1978年9月25日(48歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1997年 MLBドラフト12巡目
初出場 2000年8月8日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム プエルトリコの旗 プエルトリコ
WBC 2006年

ジョエル・アルバート・ピネイロ(Joel Alberto Piñeiro, 1978年9月25日 - )は、プエルトリコのリオ・ピエドラス出身のプロ野球選手(投手)。右投げ右打ち。

ピニェイロと表記されることもある。

経歴

マリナーズ時代

1997年に、ドラフト12巡目でシアトル・マリナーズから指名を受け、プロ入り。

2000年に、同球団でメジャーデビューを果たした。

2002年頃から本格的に先発ローテーションに定着し、14勝を挙げる活躍を見せた。

2003年は、自己ベストの16勝を記録した。ちなみにこの年のマリナーズは、シーズンの最初から最後まで先発ローテーションを5人の投手だけで回した(5名はフレディ・ガルシア、ジェイミー・モイヤー、ギル・メッシュ、ライアン・フランクリン、そしてピネイロ)[1]。これは1966年のロサンゼルス・ドジャース以来、37年ぶりの記録だった[2][注釈 1]。その後は成績が低迷し、2006年には先発ローテーションを外されてリリーフに降格した。

レッドソックス時代

2006年シーズン終了後にFAとなり、先発投手に転向する予定のジョナサン・パペルボンに代わるクローザー候補としてボストン・レッドソックスに移籍した。

2007年のスプリング・キャンプ時点では、フリアン・タバレスやマイク・ティムリンらと共にクローザー候補であった。しかし、昨シーズン終了時点で、185登板で148先発とキャリアの大半を先発投手として過ごしてきたピネイロが、クローザーとしての適性を備えているのかどうか、疑問視する人も少なくはなかった。その予想通り、ピネイロも含めて他のクローザー候補も結果を残せず、パベルボンがクローザーに復帰することとなった。シーズンが始まると、主に敗戦処理や中継ぎとして起用されたが精彩を欠き、7月23日にDFAとなった。レッドソックスでの成績は、すべてリリーフでの31登板で、1勝1敗、防御率5.03であった。

カージナルス時代

7月31日に金銭トレードでセントルイス・カージナルスへ移籍。初のナ・リーグとなったカージナルスでは、エースのクリス・カーペンターが右ヒジ手術のために今季絶望、左腕エースのマーク・マルダーも左肩のリハビリ中、同じく今季途中に加入したマイク・マロースもDL入りという状況であったため、主に先発として起用された。カージナルス移籍後初登板となった8月4日こそ、ピリッとしなかったものの、9月4日までの6登板とも好投し、計7登板で5勝を挙げ、復調を予感させた。マルダーとマロース復帰後もローテーションを守り抜き、今季から先発に転向したアダム・ウェインライトとブレイデン・ルーパーと共にチームに大いに貢献した。結局、シーズントータルで、7勝5敗、防御率4.50と2年続けて低調な数字に終わった(カージナルス移籍後は、11登板で11先発、6勝4敗、防御率3.96)。同年オフの10月15日に、2年総額1300万ドルでカージナルスと契約。

2009年11月6日にFAとなった。

エンゼルス時代

2010年1月21日にロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムと2年契約に合意。

2011年10月30日にFAとなった。

エンゼルス退団後

2012年1月15日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだが、3月19日に放出され、4月11日にボルチモア・オリオールズとマイナー契約を結んだ。

2013年2月4日にオリオールズとマイナー契約で再契約。7月30日に放出された。

2014年4月1日にシカゴ・カブスとマイナー契約を結んだ[3]。

2015年5月9日にトロント・ブルージェイズとマイナー契約を結ぶ。7月22日に解雇となる。

2016年オフにはプエルトリコのウィンターリーグでプレーした。

2017年2月8日に指名投手枠で第4回WBCのプエルトリコ代表に選出された[4]。

詳細情報

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
2000 SEA 8100010001.0009419.12531300100013125.591.97
2001 17110006201.75028975.15022103562024172.030.94
2002 372821114703.667812194.11892454171368075703.241.25
2003 3232320161100.593890211.21921976361515094893.781.27
2004 212110061100.353596140.21442143141114077734.671.33
2005 303020071100.389822189.0224235646107711181185.621.48
2006 402510181314.381753165.22092364131087411231176.361.65
2007 BOS 3100001101.50015734.04131401203020195.031.62
STL 11110006400.60026263.269111201400029283.961.27
'07計 42110007501.58341997.2110142602603049474.331.39
2008 26250007710.500645148.2180223502811089855.151.45
2009 3232322151200.556865214.02181127181054094833.491.15
2010 LAA 232331110700.588634152.1155153461924066653.841.24
2011 27240007700.500631145.2182163832622090835.131.51
MLB:12年 33526315651049329.52874501754.11878193487325110584429128594.411.35
  • 2016年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

代表歴

脚注

  1. ↑ “2003 Seattle Mariners Pitching Stats”. Baseball Almanac. 2022年7月5日閲覧。「GS」(先発登板数)の列を参照。
  2. ↑ Andrew Simon (2016年2月3日). “Depth in starting rotation a crucial commodity: Most clubs reach far beyond top five projected starters throughout a season”. mlb.com. 2022年7月5日閲覧。
  3. ↑ Carrie Muskat (2014年4月1日). “Cubs sign veteran Pineiro to Minors deal”. MLB.com. 2014年4月2日閲覧。
  4. ↑ Young stars join Beltran, Yadi for Puerto Rico MLB.com (英語) (2017年2月8日) 2017年3月16日閲覧

注釈

  1. ↑ ただし、1966年当時は先発ローテーションは4人で回しており、先発投手が離脱した際にリリーフ投手のジョー・モーラー(英語版)が谷間先発をしていた。2003年のマリナーズのように先発要員5人が開幕から閉幕までローテーションを崩さずに投げ抜いた例としては史上初になる。

関連項目

外部リンク