スタラ・ザゴラ

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スタラ・ザゴラ
Стара Загора
スタラ・ザゴラの旗
旗
スタラ・ザゴラの紋章
徽章
愛称:The city of the linden-trees
「菩提樹の市」
スタラ・ザゴラの位置(スタラ・ザゴラ州内)
スタラ・ザゴラ
スタラ・ザゴラ (スタラ・ザゴラ州)
スタラ・ザゴラの位置(ブルガリア内)
スタラ・ザゴラ
スタラ・ザゴラ (ブルガリア)
スタラ・ザゴラの位置(地中海内)
スタラ・ザゴラ
スタラ・ザゴラ (地中海)
スタラ・ザゴラの位置(ヨーロッパ内)
スタラ・ザゴラ
スタラ・ザゴラ (ヨーロッパ)
スタラ・ザゴラの位置(ブルガリア内)
スタラ・ザゴラ
スタラ・ザゴラ
スタラ・ザゴラ(ブルガリア国内の位置)
座標: 北緯42度26分 東経25度39分 / 北緯42.433度 東経25.650度 / 42.433; 25.650座標: 北緯42度26分 東経25度39分 / 北緯42.433度 東経25.650度 / 42.433; 25.650
国 ブルガリア
州スタラ・ザゴラ州
設立紀元前342年
標高196 m
人口(2015)[1]
 • 総人口158,563人
 • 都市部136,807 人
族称Zagorker
等時帯EET(UTC+2)
 • 夏時間(DST)EEST(UTC+3)
Postal Code6000
市外局番042
ウェブサイトwww.starazagora.bg

スタラ・ザゴラ(ブルガリア語: Ста̀ра Заго̀ра、ラテン文字転写: Stara Zagora)は、ブルガリア中南部の都市。地元の商工会議所によれば、8000年の歴史を持つ、ヨーロッパで最も古い町のひとつだといわれている。スタラザゴラはブルガリアでも有名なビールの名前にもなっている。

地理と気候

スタラ・ザゴラはスタラ・ザゴラ州の州都であり、首都のソフィアから231キロメートル離れている。歴史的にトラキアと呼ばれる地方に位置する。人口約16万人。地中海性気候に属し、年間平均気温は摂氏13度。

歴史

古代ローマの劇場

スタラ・ザゴラはブルガリア、そしてヨーロッパ全体で見ても最も古い部類に属する都市であり、紀元前6世紀から紀元前5世紀にかけてトラキア人によって築かれ、「ベロエ」(Beroe、「鉄」の意)と呼ばれていた。新石器時代の居住区と銅鉱が見つかっており、古代から鉱山都市であったと考えられている。

ローマ帝国の支配下では、町はローマ皇帝トラヤヌスの名をとって「アウグスタ・トラヤナ」(Augusta Trajana)と呼ばれた。 東ローマ帝国の時代には。町の名は女帝エイレーネーの名をとって「イリノポリス」(Irinopolis)と名づけられた。町はブルガール族の攻撃に備えて改修されたが、717年にブルガールの支配下となった。ブルガールの支配下となった町はテルヴェル・ハーン(英語版)のものとなり、この一帯の地方はブルガリア帝国で初のバルカン山脈以南の領土となった。町の名はボルイ(Boruy)となった。

1122年、スタラ・ザゴラ(当時の名はベロイア、Beroia)は東ローマ帝国と、東方から侵入したペチェネグ族との戦場となった。(ベロイア戦争 Battle of Beroia)

1371年、スタラ・ザゴラはオスマン帝国の支配下となった。1840年町の名は、それまでのトルコ語の名前「エスキザーラ」(トルコ語:Eskizağra)に替わって「ベロエ」をスラヴ語に訳した「ジェレズニク」(ブルガリア語:Железник、ラテン文字転写Zheleznik)に改められた。1870年には再び改称され「スタラ・ザゴラ」となった。1878年のブルガリア公国の成立後、スタラ・ザゴラを含む地方はいったん東ルメリ自治州へと編入された。のちに同自治州がブルガリアに併合されたのに伴ってスタラ・ザゴラはブルガリアに復帰した。

人口の推移

年 人口
1875年23,000
1884年15,500
1901年–1913年27,000
1934年34,000
1940年40,000
1956年56,000
1965年87,000
1968年100,000
1975年122,000
1985年157,000
1992年162,000
2002年164,000

出身者

トリビア

姉妹都市

脚注と参考文献

  1. ↑ “Population by districts, municipalities, place of residence and sex”. NSI (2015年12月31日). 2016年5月13日閲覧。

関連項目

外部リンク