タチアナ・タラソワ

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タチアナ・タラソワ
Tatiana TARASOVA
フィギュアスケート選手
2018年
生誕 (1947-02-13) 1947年2月13日(77歳)
親族 アナトリー・タラソフ(父)
ウラジミール・クライネフ(夫)
選手情報
代表国 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
引退 1966年
指導者情報
役職 ロシアスケート連盟 顧問
元指導選手 イリヤ・クーリック、アレクセイ・ヤグディン、荒川静香、浅田真央、イリーナ・ロドニナ&アレクサンドル・ザイツェフ、パーシャ・グリシュク&エフゲニー・プラトフ、ナタリア・ベステミアノワ&アンドレイ・ブキン、マリナ・クリモワ&セルゲイ・ポノマレンコ、バーバラ・フーザルポリ&マウリツィオ・マルガリオ

タチアナ・アナトーリエヴナ・タラソワ(ロシア語: Татья́на Анато́льевна Тара́сова、:ラテン翻字:Tatiana Anatolyevna Tarasova、1947年2月13日 - )は、ロシアのフィギュアスケートコーチ、振付師。多くのスケーターを五輪金メダリストや世界チャンピオンに導いた実績から「金メダルメーカー」と呼ばれ、2008年世界フィギュアスケート殿堂入り[1]。ロシア語読みでは「タチヤーナ・アナトーリイェヴナ・タラーサヴァ」が近い。

人物

選手として1964年冬季ユニバーシアードトリノ大会ペア優勝[1]、1965年世界選手権7位[1]、1966年欧州選手権4位入賞[1]の実績を残すが、18歳のときに怪我で引退[2][1]。当時同じくペアスケーターだったアレクセイ・ミーシンとはライバル関係にあった。

19歳でコーチとなった[2][1]。主な教え子にイリヤ・クーリック(1998年長野五輪金メダル)、アレクセイ・ヤグディン(2002年ソルトレイク五輪金メダル)、荒川静香(2004年世界選手権金メダル)、浅田真央(2010年バンクーバー五輪銀メダル)(以上シングル)、イリーナ・ロドニナ&アレクサンドル・ザイツェフ(ペア)、パーシャ・グリシュク&エフゲニー・プラトフ、ナタリア・ベステミアノワ&アンドレイ・ブキン、マリナ・クリモワ&セルゲイ・ポノマレンコ、バーバラ・フーザルポリ&マウリツィオ・マルガリオ(以上アイスダンス)らがいる。2005年夏まではアメリカに拠点を置いていたが、現在はロシアに住み、ロシアスケート連盟の顧問に就任している[3]。76歳となった2023年も健在で、ロシア国内の一部報道による重病説を一蹴している[4]。

ゴージャスな毛皮のコートがトレードマーク[5]。振付師としては、バレエの動きをいかした芸術性の高いプログラムや、複雑で高度なステップで評価が高い[2][6]。

主な作品

家族

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 「フィギュアスケート振付師ファイル」『フィギュアスケートDays vol.8』ダイエックス出版、2009年2月、pp.76-77
  2. 1 2 3 上坂美穂編『オール・アバウトフィギュアスケート』ぴあ(ぴあワンダーランドSpecial)、2005年11月、p.51
  3. 1 2 真央、滑り進化 五輪へ着々…タラソワコーチに聞く『読売オンライン』2009年6月30日更新、7月4日閲覧
  4. ↑ “【フィギュア】タラソワ氏が一部メディアの重病説に猛反論「バカが書いているんだよ」”. 東京スポーツ. (2023年6月24日) 2023年6月24日閲覧。
  5. ↑ 山本夢子「コーチファイル」『フィギュアスケートDays vol.9』ダイエックス出版、2009年4月、pp.62-67
  6. ↑ 斎藤貴子編『フィギュアスケート07-08シーズンフラッシュバック』実業之日本社、2008年3月、p.52

外部リンク