ターナボス
| ターナボス | |||||||||
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| 欧字表記 | Tyrnavos | ||||||||
| 品種 | サラブレッド | ||||||||
| 性別 | 牡 | ||||||||
| 毛色 | 鹿毛 | ||||||||
| 生誕 | 1977年2月17日 | ||||||||
| 死没 | 2003年8月30日(26歳没) | ||||||||
| 父 | Blakeney | ||||||||
| 母 | Stilvi | ||||||||
| 母の父 | Derring-Do | ||||||||
| 生国 |
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| 生産者 | George Cambanis | ||||||||
| 馬主 | George Cambanis | ||||||||
| 調教師 |
Bruce Hobbs( | ||||||||
| 競走成績 | |||||||||
| 生涯成績 | 9戦3勝 | ||||||||
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ターナボス(英語: Tyrnavos、1977年2月17日[1] - 2003年8月30日)は、イギリスの競走馬である。主な勝ち鞍はアイリッシュダービー(1980年)。
来歴
ティルナヴォスは、無地で見栄えのする暗めの鹿毛の馬であり[2][3]、オーナーブリーダーのジョージ・カンバニスによってイギリスで生産された。
ギリシャのテッサリア地方にある町ティルナヴォスに因んで命名され、サフォーク州ニューマーケットのブルース・ホッブス調教師の下へ送られた[4]。
競走馬時代
2歳(1979年)
9月にドンカスター競馬場で行われた6ハロンのリベロステークスでデビューし、タイムフォームによれば競馬をあまり理解していない様子ながらも、サウザンドフォールドやダルサーンに次ぐ僅差の3着と、将来性を感じさせる結果であった。
同月後半にはアスコット競馬場での7ハロン戦であるロヴェールトロフィーステークスに出走し、際立った走りではなかったもののアイライトに1馬身差を付けて勝利した。
10月には権威ある2歳戦のデューハーストステークス(G1)に出走した。モンテヴェルディ、ヘンビット、ノーフォークステークス勝ち馬ロメオロマーニ、ランソンシャンペンステークス勝ち馬マラソンゴールド、シャンペンステークス勝ち馬ファイナルストロー(シャンパーニュステークス優勝)などが出走したレースでは、ヘンビットと先頭を争う展開となり、残り3ハロンの地点では苦戦して見えたが粘りを見せ、勝ち馬モンテヴェルディから2馬身差の2着と健闘[5]。
インターナショナル・クラシフィケーションでは、首位のフランス馬ドラゴン及びモンテヴェルディより5ポンド低い評価となった。タイムフォームは2歳馬首位のモンテヴェルディを5ポンド下回る124ポンドのレーティングを与えた[5]。
3歳(1980年)
3歳初戦は4月に2000ギニーステークスの前哨戦であるニューマーケット競馬場のクレイヴンステークス(G3)に出走した。エドワード・ハイドを鞍上に単勝6倍に支持され、スターウェイにクビ差で勝利した[6]。3着にはワールドリーダーが入った。
5月3日、同競馬場、同距離で行われた2000ギニーステークス(G1)では、好位を追走したが残り2マイルで末脚を欠き、1位入線したが失格となったヌレイエフから8馬身離れ、ノウンファクトの7着に終わった。
同月下旬、ダービーステークスの前哨戦としてヨーク競馬場で行われる10.5ハロンのダンテステークス(G2)に出走したが、力強く走ったものの、ハローゴージャス、マスターウィリー、ウォーターミルに次ぐ4着に終わった[2]。
6月4日、エプソム競馬場において24頭立てで行われた1.5マイル戦の第201回ダービーステークス(G1)に出走した。母がスプリンターであることからスタミナ不足が懸念されたものの、有力馬の一頭として期待された。良馬場の中で激しい展開となり、ターナボスも進路を塞がれたり他馬と接触したり、最終コーナーで大外を通る必要があったりと不利を被った後、直線でも伸びを欠き、ヘンビットの12着に終わった。
6月28日にカラ競馬場で行われたアイリッシュダービー(G1)は、ターナボスにとって初となる不良馬場であった。ダービーステークスで2着から5着に入ったマスターウィリー、ランキン、ペルラン、ガリードに加え、同レースで1番人気に支持されて敗れたニコリ等が出走する中、トニー・マレー鞍上でターナボスは単勝26倍に支持された。レースでは先頭に立つと、馬場もあり安定したペースで、先頭を譲らず最後まで粘り、ディック・ハーン厩舎のプリンスビーに1馬身半差をつけて勝利した。3着は更に2馬身半離れてラミアンとなった。これがブルース・ホッブス調教師にとって唯一となるクラシック競走制覇であった[7]。また、勝ち時計は2分43秒8と、異例の遅さであった[8]。
1ヶ月後、アスコット競馬場の古馬戦であるキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス(G1)に出走した。馬場状態は良く、ハイド騎手を鞍上に迎えたレースでは、最終コーナー手前まで先頭を走っていたものの、エラマナムーに交わされ、更にモアライトと接触して失速し、10頭中8着に終わった。レース後まもなく、1株2万ポンドで計80万ポンドというシンジケートが組まれた[2]。
インターナショナル・クラシフィケーションでは、ターナボスは同年のヨーロッパの3歳牡馬の中で10位とされた。タイムフォームは最高評価のムーアスタイルを8ポンド下回る129ポンドのレーティングを与えた[2]。
種牡馬時代
引退後、ニューマーケットのガーズリースタッドで種牡馬となり、その後輸出されて1986年からは日本軽種馬協会で供用された。5年目の1990年までは毎年40頭以上の牝馬を集めていたが、翌1991年に5頭に急減すると以降は低迷し、1996年の種付けが最後となった[9]。
2003年8月30日、功労馬繋養施設となっていた日本軽種馬協会那須種馬場において[10]、放牧中の事故のため死亡した[11][12][13]。
イギリス時代の代表産駒としては1986年にハードウィックステークスとセプテンバーステークスで勝利したディヒスタンが挙げられる[13][14]。
主な産駒
※海外馬はG1馬のみ
- 1987年産
- アサフブキ - 1990年クイーンカップ(高崎)
母の父としての産駒
- 1997年産
- ミツアキサイレンス - 2001年名古屋グランプリ、2000年兵庫チャンピオンシップ、2001年・2002年佐賀記念
血統表
| 父系 | ヘザーセット系(トウルビヨン系) [§ 2] | |||
|---|---|---|---|---|
父 Blakeney1966 鹿毛 |
父の父 Hethersett1959 鹿毛 |
Hugh Lupus | Djebel | |
| Sakountala | ||||
| Bride Elect | Big Game | |||
| Netherton Maid | ||||
父の母 Windmill Girl1961 鹿毛 |
Hornbeam | Hyperion | ||
| Thicket | ||||
| Chorus Beauty | Chanteur | |||
| Neberna | ||||
母 Stilvi1969 鹿毛 |
Derring-Do 1961 鹿毛 |
Darius | Dante | |
| Yasna | ||||
| Sipsey Bridge | Abernant | |||
| Claudette | ||||
母の母 Djerella1960 栗毛 |
*ガーサント | Bubbles | ||
| Montagnana | ||||
| Djeretta | Djebel | |||
| Candida | ||||
| 母系 (F-No.) | (FN: 3-h) [§ 3] | |||
| 5代内の近親交配 | Djebel 4×4、Chanteur 4×5、Nearco 5×5×5 [§ 4] | |||
| 出典 | ||||
- 父ブレイクニーは1969年のダービーステークス勝ち馬で、種牡馬としてはナショナルスタッドにおいて供用されていた。ターナボスは6世代目の産駒。
- 母スティルヴィは、1歳の時にターナボスの馬主であるジョージ・カンバニスによって購入され、キングジョージステークスやデュークオブヨークステークスに勝利するなど競走馬としても活躍した。更に繁殖牝馬としてはミドルパークステークス勝ち馬タキプースやデューハーストステークス勝ち馬トロモス、コロネーションステークスの勝ち馬トルミを輩出している[16]。また、競走馬としては1勝に留まったミルリーフ産駒のテリオスが日本に種牡馬として輸入され、メジロランバダなどを輩出している[17]。
脚注
- ↑ “Tyrnavos pedigree”. equineline.com (2012年5月8日). 2013年11月30日閲覧。
- 1 2 3 4 Timeform staff (1981). Racehorses of 1980. Timeform. ISBN 0-900599-31-6
- ↑ “Tyrnavos image”. sporthorse-data.com. 2013年12月1日閲覧。
- ↑ Mortimer, Roger; Onslow, Richard; Willett, Peter (1978). Biographical Encyclopedia of British Flat Racing. Macdonald and Jane's. ISBN 0-354-08536-0
- 1 2 Timeform staff (1980). Racehorses of 1979. Timeform. ISBN 0-900599-29-4
- ↑ Abelson, Edward; Tyrrel, John (1993). The Breedon Book of Horse Racing Records. Breedon Books Publishing. ISBN 978-1-873626-15-3
- ↑ “Bruce Hobbs obituary”. Daily Telegraph. 23 November 2005. 2013年12月1日閲覧.
- ↑ Morris, Tony; Randall, John (1999). A Century of Champions. Portway Press. ISBN 978-1-901570-15-1
- ↑ “世代・年次別(サラ系総合) 種牡馬情報 ターナボス(GB)”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2026年7月1日閲覧。
- ↑ “JBBA那須種馬場が閉場、半世紀の歴史に幕”. 競馬ブック. 2010年4月1日. 2026年7月1日閲覧.
- ↑ “ターナボス”. ジャパン・スタッドブック・インターナショナル. 2026年7月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2026年7月1日閲覧。
- ↑ “ターナボスが死亡 馬産地ニュース”. 競走馬のふるさと案内所. 日本軽種馬協会 (2003年9月5日). 2026年7月1日閲覧。
- 1 2 “愛ダービー馬ターナボス死亡”. netkeiba. 2003年9月3日. 2026年7月1日閲覧.
- ↑ Timeform staff (1987). Racehorses of 1986. Timeform. ISBN 0-900599-44-8
- 1 2 3 4 “5代血統表 血統情報 ターナボス(GB)”. JBISサーチ. 2026年7月1日閲覧。
- ↑ “Thoroughbred Bloodlines - Violante - Family 3-h”. Bloodlines.net. 2014年6月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年11月16日閲覧。
- ↑ “テリオス(GB)”. JBISサーチ. 日本軽種馬協会. 2026年7月1日閲覧。
外部リンク
- 競走馬成績と情報 netkeiba、JBISサーチ、Racing Post