チェルシーの朝

ウィキペディアから、無料の百科事典
「チェルシーの朝」
ジョニ・ミッチェルの楽曲
収録アルバム『青春の光と影』
リリース1969年5月[1]
録音ロサンゼルス、A&Mスタジオ
ジャンルフォークロック
時間2分35秒
レーベルリプリーズ・レコード
作詞者ジョニ・ミッチェル
作曲者ジョニ・ミッチェル
プロデュースジョニ・ミッチェル[1]
『青春の光と影』 収録曲
Side 1
  1. 「ティン・エンジェル」
  2. 「チェルシーの朝」
  3. 「我を忘れて」
  4. 「ザット・ソング・アバウト・ザ・ミッドウェイ」
  5. 「ローゼズ・ブルー」
Side 2
  1. 「ギャラリー」
  2. 「私は判っている」
  3. 「年老いていく子供たちへ」
  4. 「フィドルとドラム」
  5. 「青春の光と影」
ミュージックビデオ
「Chelsea Morning」 - YouTube

「チェルシーの朝」(Chelsea Morning)は、カナダのシンガーソングライター、ジョニ・ミッチェルが作詞作曲した楽曲。ミッチェル自身のバージョンは1969年に発表された。

概要

チェルシーの街並み(ニューヨーク市)

本作品は1967年にはすでに書き上げられていた。フォーク歌手のデイヴ・ヴァン・ロンクが同年に発表したアルバム『Dave Van Ronk and the Hudson Dusters』に収録されている。

翌1968年6月、フェアポート・コンヴェンションのデビュー・アルバム『Fairport Convention』に収録される。また同じ年に発表されたジェニファー・ウォーンズのデビュー・アルバム『I Can See Everything』にも収録された。

1969年4月、ジュディ・コリンズがシングルとして発表。コリンズのバージョンはビルボードのイージーリスニング・チャートで25位を記録。ビルボード・Hot 100では78位を記録した[2]。

ここでようやくミッチェル自身が吹き込んだレコードが発表される。同年5月発売のセカンド・アルバム『青春の光と影』に収録された。

グリーン・ライト・サンデーのシングル(1970年)とセルジオ・メンデス&ブラジル'66のシングル(1970年)が、ビルボードのイージーリスニング・チャートでそれぞれ4位、21位を記録している。

備考

  • 1965年、「ジョニ・アンダーソン」という名前で活動していたジョニはトロントでチャック・ミッチェルというアメリカ人のフォーク・シンガーと出会い、結婚する。デトロイトで音楽活動を続けるが二人は1967年に初めに離婚。そこから彼女が移り住んだのが、ニューヨーク市マンハッタン区の南西部に位置するチェルシーだった[3]。

脚注

  1. 1 2 Joni Mitchell - Clouds
  2. ↑ Music: Top 100 Songs | Billboard Hot 100 Chart | THE WEEK OF AUGUST 23, 1969
  3. ↑ Chelsea Morning by Joni Mitchell Songfacts
  4. ↑ Clinton, Hillary Rodham (2003). Living History. Simon and Schuster. pp. 84–5, 91, 93. ISBN 0-7432-4582-2
  5. ↑ Mani, Bonnie G. (2007). Women, power, and political change. Lexington Books. p. 218
  6. ↑ “The Inauguration: Shedding Light on a Morning and a Name”. The New York Times. (January 19, 1993) May 14, 2016閲覧。