デスティノ・ジャパン

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デスティノ・ジャパン
基本情報
本名 ブラディミール・アルヘニー・バエス・タベラス
Bladimir Argeny Baez Taveras
通称 ブラディ
階級 スーパーライト級
身長 174cm
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
誕生日 (1984-04-09) 1984年4月9日(42歳)
出身地 ラ・ベガ州ラ・ベガ
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 35
勝ち 26
KO勝ち 24
敗け 7
引き分け 2
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デスティノ・ジャパン(Destino Japan、1984年4月9日 - )は、ドミニカ共和国の元プロボクサー。ラ・ベガ州ラ・ベガ出身。本名はブラディミール・アルヘニー・バエス・タベラス(Bladimir Argeny Baez Taveras)。ピューマ渡久地ボクシングジム所属。リングネームのデスティノはスペイン語で「運命」「目的地」を意味する[1]。

来歴

14歳でボクシングを始め[1]、アマチュアではEDPAサンティアゴ・タイトルで優勝、コパ国際大会では銅メダルを獲得するなど活躍し、2004年アテネオリンピックのドミニカ共和国代表にも選出された[2]。

2007年6月2日、母国でプロデビュー。

2009年10月25日、ドミニカ共和国スーパーライト級王座獲得。

2016年4月、ドミニカ共和国を拠点時には世界挑戦の機会は訪れなかったが、現状を変えるべ区して旧知の後輩で同郷であるザッパ・トウキョウに誘われ来日、ザッパが所属するピューマ渡久地ジムに入門した[2]。

2017年4月21日、後楽園ホールにて日本デビュー戦を永田大士から7回TKO勝利[3]。

2018年5月7日、細川バレンタインが持つ日本スーパーライト級王座に挑むが、ダウンの応酬の末7回KO負けで日本初タイトルはならなかった[4]。

12月1日、今野裕介とのノンタイトルに敗れ連敗。

2019年8月2日、岩原慶にTKOで再起。

10月19日、宮崎辰也にTKO勝利。

2020年1月12日、トゴルドル・バットツォグトに判定負け。

12月19日、母国の首都サントドミンゴにて凱旋試合を行うが、アンドレス・サパタに5回KO負け[5]。

人物

  • 同じくアテネオリンピックボクシングドミニカ共和国代表に選ばれたファン・カルロス・パヤノは同じ町の出身であり、現在でも一番の親友だという[1]。

戦績

  • プロ:35戦 26勝 24KO 7敗 2引分

獲得タイトル

脚注

  1. 1 2 3 ““運命の地・日本”で夢を追う、あるドミニカ人ボクサーの闘い”. 現代ビジネス. 2020年12月17日. 2021年4月16日閲覧.
  2. 1 2 “デスティノジャパン(紹介記事)”. ピューマ渡久地ボクシングジム. 2021年4月16日閲覧。
  3. ↑ “ブラディミール・バエス選手が日本デビュー戦で勝利!(¡Bladimir Baez ganó su primera pelea en Japón!)”. 一般社団法人日本・ドミニカ共和国友好親善協会 (2017年4月25日). 2021年4月16日閲覧。
  4. ↑ “細川バレンタイン、初防衛に成功 ダウンの奪い合いも「俺の方が強い」”. Sponichi Annex. 2018年5月7日. 2021年4月16日閲覧.
  5. ↑ “ピューマ渡久地ジムがドミニカ共和国で親善試合 コブラ諏訪、コンドル稲葉がTKO勝ち”. Boxing News. 2020年12月30日. 2021年4月16日閲覧.

関連項目

外部リンク