トリエステ中央駅

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トリエステ中央駅
駅舎
Trieste Centrale
所在地 イタリアの旗フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州トリエステ
トリエステTS34132 リベルタ広場
北緯45度39分26.89秒 東経13度46分19.58秒 / 北緯45.6574694度 東経13.7721056度 / 45.6574694; 13.7721056 (トリエステ中央駅)
管理者 レーテ・フェッロヴィアーリア・イタリアーナ(RFI)
駅構造 地上駅
ホーム 4面8線
開業年月日 1857年7月27日
乗入路線 3 路線
所属路線 ボーヒニ線(スロベニア語版)
キロ程 ? km(イェセニツェ(スロベニア語版)起点)
所属路線 ウーディネ=トリエステ線
キロ程 82.683 km(ウーディネ(イタリア語版)起点)
所属路線 ヴェネツィア=トリエステ線(イタリア語版)
キロ程 153 km(ヴェネツィア・サンタ・ルチーア起点)
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トリエステ中央駅(イタリア語: Stazione di Trieste Centrale)は、イタリアのフリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州トリエステにある、レーテ・フェッロヴィアーリア・イタリアーナ(RFI)の鉄道駅。

概要

トリエステ市街地北部、ボルゴ・テレジアノ地区(イタリア語版)の西端に位置する中央駅。路線はボーヒニ線(スロベニア語版)、ウーディネ=トリエステ線、ヴェネツィア=トリエステ線(イタリア語版)の3路線が当駅に接続しており、トレニタリアの列車が乗り入れる。駅のIATA空港コードはTXB。

歴史

トリエステ市の現在の鉄道網は、ほとんど旧オーストリア帝国とオーストリア=ハンガリー帝国によって建設された鉄道路線に基づいている。 1857年7月27日、当時のオーストリアの鉄道会社k.k. Südliche Staatsbahn(ドイツ語版、イタリア語版)(SSTB)によりトリエステで最初の鉄道施設の建設を完了させた。この路線は今のウィーン=トリエステ鉄道(英語版)(ボーヒニ線(スロベニア語版)のセジャーナ-トリエステ間を含む)の一部を形成する。

同日にオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の面前で、カール・リッター・フォン・ゲーガによって設計された小規模な乗客用ターミナル駅が開業した[1]。位置は現在のトリエステ中央駅の隣の埋立地に建設された。

翌年の1858年9月23日、駅と路線は私鉄帝王政特権南部鉄道会社(ドイツ語版、英語版)の所有に変わった。

オーストリア南部鉄道の主軸にトリエステが含まれることで、トリエステはオーストリア帝国において最大かつ最も重要な港湾都市になったことから経済が上向きになり、オーストリア帝国でのトリエステの重要度が高くなった。オーストリア帝国とトリエステとの間の交易路の急速な発展により、駅舎を一新することとなった。この駅舎はヴィルヘルム・フォン・フラッティッチ(ドイツ語版、イタリア語版)によりネオルネッサンス建築で設計された。1878年6月19日に完成。

1887年、帝立王立国有鉄道は、トリエステからフルペリェ=コジナまでを結ぶトリエステ-フルペリェ鉄道(イストリア鉄道(イタリア語版)の一部[1])を開通させた。この路線はオーストリア南部鉄道への依存を減らすことを意図して建設された[2]。開通により、トリエステに2番目の駅であるトリエステ・サンクト・アンドレア駅(ドイツ語: Triest Sankt Andrea)が設置された。2つの駅は、リブ鉄道(イタリア語版)により結ばれた。

1906年、トリエステ・サンクト・アンドレア駅はよりキャパシティの大きい、施設の多いトリエステ・デッロ・スターロ駅に置き換えられた。

1919年、第一次世界大戦後のサン=ジェルマン条約により、両駅はイタリア国鉄(FS)管轄に変わった。分割前の元の駅は後に今のトリエステ中央駅、トリエステ・デッロ・スターロ駅はトリエステ・カンポ・マルツィオ駅に改名された後に駅廃止、今ではトリエステ・カンポ・マルツィオ鉄道博物館(イタリア語版、英語版)になっている。

イタリア国鉄の子会社のセントスタチオーニ(イタリア語版)の計画により、駅舎の改修工事が行われた。工事は2007年に完了。

駅構造

駅構内
プラットホーム

頭端式ホーム4面8線の地上駅。その他、転車用の線路が2線設けられている。

駅舎内には鉄道警察隊本部、トレニタリアの事務所が併設されており、その他に商業施設としてスーパーマーケットやカトリック教会[3]が入っている。

駅周辺

隣の駅

トレニタリア
フレッチャルジェント
トリエステ空港駅(イタリア語版) - トリエステ中央駅
フレッチャロッサ、インターシティ、インターシティ・ノッテ、レギオナルレール(ヴェネツィア・ウーディネ方面)
モンファルコネ駅(イタリア語版) - トリエステ中央駅
レギオナルレール(ウーディネ方面の一部列車)
ミラマール駅(イタリア語版) - トリエステ中央駅
レギオナルレール(リュブリャナ方面)
ヴィラ・オピチーナ駅 - トリエステ中央駅

脚注

  1. 1 2 Alessandro Tuzza. “Prospetto cronologico dei tratti di ferrovia aperti all'esercizio dal 1839 al 31 dicembre 1926” [Chronological overview of the features of the railways opened between 1839 and 31 December 1926] (イタリア語). www.trenidicarta.it. Alessandro Tuzza. 17 December 2010閲覧。
  2. ↑ Oberegger, Elmar. “Hrpelje-Bahn” [Hrpelje Railway] (ドイツ語). members.a1.net/edze/index.html. Oberegger, Elmar. 23 July 2011時点のオリジナルよりアーカイブ。7 March 2011閲覧。
  3. ↑ “Gruppo FS Italiane e CEI firmano convenzione per assistenza pastorale nelle chiese delle stazioni”. 2021年6月20日閲覧。

関連項目

外部リンク

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