ハプニングは、1950年代から1970年代前半を中心に、北米・西ヨーロッパ・日本などで展開された、ギャラリーや市街地で行われる非再現的で一回性の強いパフォーマンスアートや作品展示などを総称するのに用いられる美術用語である。ハプニングの創始者と言われるアラン・カプローによると「きまった時間と空間の中で演じられる点では演劇に関連をもった芸術形式」。

アメリカの文献では1959年、アラン・カプローがジョージ・シーガルの農場のアート・イベントで、アート作品を発表する際に、「ハプニング」という言葉を初めて使用した[1]。一方、日本人による情報では、カプローがニューヨークのルーベン画廊で行った『6つの部分の18のハプニング』(18 Happenings in 6 Parts) という催しが、最初に「ハプニング」という名前を使ったイベントという見解もある[2]。
当初は、芸術のタイトルの一部でしかなかった「ハプニング」であるが、そのアクションまでもがハプニングと呼ばれるようになり、さらには一般化し、ある種の芸術形式として定着した。
その後、キャロリー・シュニーマン、アル・ハンセン、レッド・グルームス、クレス・オルデンバーグ、ジム・ダイン、ジョージ・シーガル、レッド・グルームス、ロバート・ホイットマンなどの芸術家が様々な形式のハプニングを展開していった。

ハプニングは、特に抽象表現主義の画家に愛された。抽象表現主義が爛熟し、アクション・ペインティングを超えたアートを追求しようという情熱と、ジャンク・アートのオブジェ性と卑俗性などの要素が複雑に絡み合ったこのムーブメントは当時新鮮だった。しかし、多くの芸術家はハプニングを行うことで自らの「本来の作品」の着想を得た後、徐々にハプニングから離れていった。
ハプニングの起点はアラン・カプローの、ジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングへの多大な関心にあった。(1.ペインティング Painting)カプローはそれを展開してアクション・コラージュを考案した。(2.アッサンブラージュ Assemblage)それにさらに空間的な要素を追加した。(3.エンバイラメント Environment)そして出来上がった「描く自分とその対象物」という構図はわずかにスライドし「自分と様々な物質の相互作用」という構図に落ち着いた。(4.ハプニング Happening)[3]
空間的な要素を追加するきっかけになったのは、1958年にカプローが学んでいたニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチでジョン・ケージ[4]の講義を受けたことによる。同じクラスに、アル・ハンセン、ジョージ・ブレクト、ディック・ヒギンズなどがいた。
ハプニングはパフォーマンスアート、インスタレーションに大きな影響を与えた。また、日本と米国においては、同時代に盛んだった市民運動や反戦運動、学生運動などのカウンターカルチャーと強い結び付きを得て、しばしば行政当局に事前の許可を取らないゲリラ的活動をとった。(草間彌生[5]もアメリカでの活動時代、ハプニングの女王と呼ばれていた。)そのため、以降の世代には「ハプニングは全てゲリラ的活動」という誤解が蔓延っている。
ハプニングは物事を予期しない方向に誘導し、退屈感を緩和するということで、セリエル音楽や偶然性が強い不確定性の音楽と一定の共通点がある。ただし、このハプニングという「技法」は、音楽などの「再現芸術」と異なり、有効なのは一回である。
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