| ひーまん ヒーマン | |
|---|---|
| 本名 |
堤 保友 (つつみ やすとも) |
| 生年月日 | 1959年7月31日 |
| 没年月日 | 2021年7月21日(61歳没) |
| 出身地 |
|
| 死没地 | 佐賀県佐賀市 |
| 血液型 | O型 |
| 職業 |
ローカルタレント ラジオパーソナリティ |
| 活動期間 | 1993年頃 - |
| 配偶者 | 既婚 |
| 著名な家族 | 神山大和 |
| 事務所 |
有限会社ビッグカンパニー 代表取締役 堤 保友 |
ヒーマン(本名:堤 保友(つつみ やすとも)、1959年7月31日 - 2021年7月21日)は、佐賀県を中心に活動していたラジオパーソナリティ・ローカルタレント。個人事務所有限会社ビッグカンパニー代表取締役。
佐賀県佐賀市出身。実家は工務店を営んでいる。
佐賀県立佐賀東高等学校卒業後、当初は家業を手伝っていたが、その後喫茶店店員・トラックドライバー・営業など様々な職業を経験した。飲食業では飲食店で店長まで上り詰め、後に企画会社「HELP企画」を設立したが倒産した。
1988年、様々な職業を経験して身に付いた話術を活かして、佐賀市内に「カラオケパブB's BAR」を開店。このときは経営は順調だったようで、その後カントリーレストラン&バーライブハウス「BEER'S」、レディスファッション「ブラッサム」、ショットバー「B-Side」と次々に店舗展開。有限会社ビッグカンパニーを創立し、代表取締役社長に就任した。
1993年、友人のえぐPに誘われてエフエム佐賀『のばなしラジオ』のパーソナリティに起用され、タレント活動を開始。佐賀弁を巧みに操るキャラクターで、リスナーから人気を博すようになった。1998年には才能ある若手育成のため「ヒーマンお笑い研究所」も設立。しかしタレント活動が多忙となったことで、それに専念するため飲食店を全て閉めた。
2000年頃から福岡進出。RKBラジオで、東京から戻った吉野綾や演歌歌手加納歌佳とのコンビで始まった「おかえりラジオ」を担当したことを皮切りに福岡でも人気が定着した。
その後はタレントとして、ラジオパーソナリティをメインに、司会業、歌手として佐賀、福岡地区で活躍。ラジオ・テレビのCM出演本数も既に100本を超す。2008年には、NBCラジオ佐賀で2本、RKBラジオで1本、エフエム佐賀で1本で同時期に計4本のレギュラー番組を持っており、RKBラジオで2005年10月から福地高子とのコンビで始まった「福地高子・ヒーマンのとっておきの夜なのだ!」が2005年度のギャラクシー賞ラジオ部門の選奨として受賞した。
またCDも制作し、2005年に発売されたCD「がばい佐賀弁」が佐賀県内で大ヒットを記録。翌2006年6月7日に徳間ジャパンより「がばい佐賀」でメジャーデビューを果たす。「がばい佐賀」とコラボした商品「がばい佐賀まるぼうろ」「がばい佐賀米」が発売される。
2008年1月に次男が早乙女太一が所属している劇団朱雀に入団、「早乙女大和」を襲名。
2016年に再度「ゆめぷらっと小城」にカフェダイニングFLaT PLaT(ふらっとぷらっと)を開くが、2020年3月末以降新型コロナの影響で営業自粛となりそのまま閉店。2020年7月、同店を佐賀市文化会館内に移転して開店。
2021年7月21日、虚血性心疾患のため佐賀県医療センター好生館で死去[1]。61歳没。
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