ヘラクレス・アヤラ

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ヘラクレス・アヤラ
プロフィール
リングネーム ヘラクレス・アヤラ
ヘラクレス・アヤラ・コルテス[1]
クラッシャー・アヤラ[2]
ワイルド・ブル・アヤラ[2]
ルーベン・アヤラ[2]
本名 ルーベン・クルーズ[3]
身長 185cm[3] - 186cm[4]
体重 120kg[3] - 136kg[4]
誕生日 (1950-07-14) 1950年7月14日[3]
死亡日 (2020-01-22) 2020年1月22日(69歳没)[1]
出身地 プエルトリコの旗 プエルトリコ
バヤモン[3]
トレーナー アンジェロ・サボルディ[1]
デビュー 1970年代前半[5]
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ヘラクレス・アヤラ(Hercules Ayala、本名:Rubén Cruz、1950年7月14日 - 2020年1月22日)は、プエルトリコのプロレスラー[3]。

「ヘラクレス」のリングネーム通りの頑強な肉体を誇るラフ&パワーファイターとして、地元のプエルトリコやカナダのローカル・テリトリーを主戦場に活動した[5]。

来歴

1970年代初頭にプエルトリコからアメリカ北東部のボストンに移住[5]。トレーニング先のジムでイタリア人プロレスラーのアンジェロ・サボルディと出会い、彼の指導と仲介のもとWWWFでデビュー[5]。母方の姓からルーベン・アヤラ(Ruben Ayala)と名乗り、キラー・コワルスキー、バリアント・ブラザーズ、イワン・コロフ、バロン・シクルナ、ジョージ・スティールなどのジョバーとなってキャリアを積んだ[6][7]。

1976年よりプエルトリコに戻り、ヘラクレス・アヤラ(Hercules Ayala)をリングネームにカルロス・コロン主宰のWWCで活動。ベビーフェイスの新鋭として、登場初日の2月21日にスポイラー1号を破り、空位となっていたプエルトリコ・ヘビー級王座を獲得、5月22日にトーア・カマタに破れるまで戴冠した[8][9]。

同年9月、当時プエルトリコと接点を持っていた国際プロレスの『ビッグ・ゴールデン・シリーズ』に初来日[4]。ワイルド・アンガスとギル・ヘイズに次ぐ3番手外国人のポジションで、エースのラッシャー木村ともシングルマッチで度々対戦した[10]。帰国後の12月4日にはビクター・ジョビカをパートナーに、海外遠征中だったヒゴ・ハマグチことアニマル浜口&ゴードン・ネルソンからWWC北米タッグ王座を奪取している[11]。1977年はインベーダー1号ともプエルトリコ・ヘビー級王座を争った[8]。

その後、遠征先の西ドイツでブレット・ハートと邂逅したことから、ブレットの仲介で1979年よりカナダ・カルガリーのスタンピード・レスリングに参戦[5]。同地ではヒールとなり、ミスター・ヒトやミスター・サクラダと共闘してハート・ファミリーと抗争[12]。ジェイク・ロバーツの保持していたスタンピード北米ヘビー級王座にも再三挑戦した[13]。

同年9月からはアメリカ中南部でビル・ワットの興したMSWAにも出場、プエルトリコと同様にベビーフェイスのポジションで、アンジェロ・モスカ、タンク・パットン、マイク・ジョージ、ボブ・スウィータン、ファビュラス・フリーバーズ(マイケル・ヘイズ&テリー・ゴディ)などと対戦[13]。1980年からはカルガリーでもベビーフェイスとなってダイナマイト・キッドとも対戦し、7月にはハーリー・レイスの保持していたNWA世界ヘビー級王座に連続挑戦した[14]。

1982年10月からはクラッシャー・アヤラ(Crusher Ayala)の名義でアメリカ中西部のセントラル・ステーツ・レスリングおよびセントルイス・レスリング・クラブに短期間参戦[15]。再びヒールとなって、カンザスシティではディック・ザ・ブルーザーと両者反則の無効試合を展開[16]。「NWAの総本山」と呼ばれたセントルイスのキール・オーディトリアムにも出場し、1983年1月1日にキングコング・ブロディとシングルマッチで対戦した[17]。

1984年3月、マスクド・スーパースター、ドン・ムラコ、イライジャ・アキーム、カリーム・モハメッド、アイアン・マイク・シャープらと共に新日本プロレスの『ビッグ・ファイト・シリーズ第2弾』に参戦[4]。8年ぶりの来日を果たしたが、カルガリーやプエルトリコでの活躍に反して新日本ではミッドカード要員の扱いだった(シリーズ中は外国人エース格のスーパースターと組んでの6人タッグマッチで2試合のみメインイベントに出場し、アントニオ猪木と対戦している)[18]。同年は南アフリカにも遠征して、10月6日にジャン・ウィルキンスからEWUスーパーヘビー級王座を奪取した[19]。

プエルトリコでは1985年3月2日、ランディ・サベージを破りWWC北米ヘビー級王座を獲得、翌1986年1月6日にジョー・ルダックに明け渡すまで保持した[20]。カナダのモントリオールでは1987年1月18日、カルガリーでも因縁のあったデビッド・シュルツからインターナショナル・ヘビー級王座を奪取。翌月にアブドーラ・ザ・ブッチャーに敗れて陥落したが、3月28日には故郷のバヤモンでブッチャーからWWCカリビアン・ヘビー級王座を奪い返した[21]。このタイトルも、1988年6月18日にTNTに敗れるまで長期政権を築いている[21]。WWCでは長年ベビーフェイスのポジションだったが、カリビアン王座戴冠中の1987年下期よりプロモーター兼エースのカルロス・コロンに反旗を翻してヒールに転向[5]。同年7月18日、コロンからWWCユニバーサル・ヘビー級王座を奪取して2冠王となる[22]。以降、王座を巡るコロンとの抗争を繰り広げた[5]。

1989年1月6日、サンフアンでのコロンとのルーザー・リーブス・タウン・マッチに敗退[23]。しばらくリングを離れた後、インディー団体のAWFを経て、1993年8月にWWCへ一時復帰[24]。空位となっていたユニバーサル・ヘビー級王座の争奪トーナメントに出場し(準決勝でグレッグ・バレンタインに敗退)[25]、8月8日に開催されたWWCの20周年記念イベントでは仇敵のブッチャーと対戦した[26]。

引退後はスタンピード・レスリングの本拠地だったカナダのアルバータ州に居住[5]。以降、2000年代前半にスタンピードやWWCのショーに時折出場していた[24]。

2020年1月22日、プエルトリコにて69歳で死去[5]。

獲得タイトル

ワールド・レスリング・カウンシル
  • WWCユニバーサル・ヘビー級王座:2回[22]
  • WWC北米ヘビー級王座:1回[20]
  • WWCカリビアン・ヘビー級王座:2回[21]
  • WWCプエルトリコ・ヘビー級王座:5回[8]
  • WWC世界タッグ王座:1回(w / キング・トンガ)[27]
  • WWC北米タッグ王座:1回(w / ビクター・ジョビカ)[11]
スタンピード・レスリング
インターナショナル・レスリング
ヨーロピアン・レスリング・ユニオン
  • EWU世界スーパーヘビー級王座:1回[19]

脚注

  1. 1 2 3 “Hercules Ayala”. Online World of Wrestling. 2026年10月19日閲覧。
  2. 1 2 3 “Hercules Ayala”. Cagematch.net. 2026年10月19日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 6 “Hércules Ayala”. Wrestlingdata.com. 2026年10月19日閲覧。
  4. 1 2 3 4 『新日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P74(2002年、日本スポーツ出版社)
  5. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “Hercules Ayala”. Slam Wrestling (2020年1月24日). 2026年10月19日閲覧。
  6. ↑ “The WWE matches fought by Hercules Ayala in 1974”. Wrestlingdata.com. 2026年10月20日閲覧。
  7. ↑ “The WWE matches fought by Hercules Ayala in 1975”. Wrestlingdata.com. 2026年10月20日閲覧。
  8. 1 2 3 “WWC Puerto Rico Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2026年10月19日閲覧。
  9. ↑ “The WWC matches fought by Hercules Ayala in 1976”. Wrestlingdata.com. 2026年10月20日閲覧。
  10. ↑ “IWE 1976 Big Golden Series”. Puroresu.com. 2026年10月20日閲覧。
  11. 1 2 “WWC North American Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2026年10月19日閲覧。
  12. ↑ “The Stampede matches fought by Hercules Ayala in 1979”. Wrestlingdata.com. 2026年10月20日閲覧。
  13. 1 2 “Hercules Ayala: Matches 1974-1980”. Cagematch.net. 2026年10月19日閲覧。
  14. ↑ “The Stampede matches fought by Hercules Ayala in 1980 (3)”. Wrestlingdata.com. 2026年10月20日閲覧。
  15. ↑ “The CSW matches fought by Hercules Ayala in 1982”. Wrestlingdata.com. 2026年10月20日閲覧。
  16. ↑ “CSW: Event”. Cagematch.net. 2026年10月19日閲覧。
  17. ↑ “NWA St. Louis: Event”. Cagematch.net. 2026年10月19日閲覧。
  18. ↑ “NJPW 1984 Big Fight Series II”. Puroresu.com. 2026年10月20日閲覧。
  19. 1 2 “European Wrestling Union World Super Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2026年10月19日閲覧。
  20. 1 2 “WWC North American Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2026年10月19日閲覧。
  21. 1 2 3 “WWC Caribbean Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2026年10月19日閲覧。
  22. 1 2 “WWC Universal Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2026年10月19日閲覧。
  23. ↑ “Capitol Sports Promotions: Event”. Cagematch.net. 2026年10月19日閲覧。
  24. 1 2 “Hercules Ayala: Matches 1983-2004”. Cagematch.net. 2026年10月19日閲覧。
  25. ↑ “The WWC matches fought by Hercules Ayala in 1993”. Wrestlingdata.com. 2026年10月20日閲覧。
  26. ↑ “Capitol Sports Promotions 20th Aniversario 1993”. Cagematch.net. 2026年10月19日閲覧。
  27. ↑ “WWC World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2026年10月19日閲覧。
  28. ↑ “Stampede Wrestling International Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2026年10月19日閲覧。
  29. ↑ “International Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2026年10月19日閲覧。

外部リンク