マイク・マティアビッチ

ウィキペディアから、無料の百科事典
ミレンコ・マティアヴィッチ
Miljenko Matijevic
ミレンコ・マティアヴィッチ(2017年)
基本情報
別名 Mike Matijevic、Mili
生誕 (1964-11-29) 1964年11月29日(61歳)
ユーゴスラビアの旗 ユーゴスラビア ザグレブ
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ジャンル ハードロック、グラム・メタル、ヘヴィメタル、ポップ・ロック
職業 ミュージシャン、シンガーソングライター
担当楽器 ボーカル、ギター
活動期間 1989年 -
レーベル MCA、MCM/Steelheart、Bad Boss Company
共同作業者 スティールハート
公式サイト Milispage (Milispage) - Facebook

ミレンコ・マティアヴィッチ(Miljenko Matijevic、1964年11月29日 - )は、アメリカ合衆国のミュージシャン、シンガーソングライター。旧名:マイク・マティアヴィッチ(Mike Matijevic)。

ハードロック・バンド「スティールハート」のリーダー兼ボーカリスト。非常に広い声域と優れた歌唱力を持ち、多くの楽曲を手がけるソングライターでもある。

略歴

ドアーズとパフォーマンスするマティアビッチ(2010年)

1964年、ユーゴスラビア・クロアチアに生まれ、7歳の時に家族と共に米国コネチカット州グリニッジに移住。

9歳の時には地元に聖歌隊に参加する。11歳でレッド・ツェッペリンと出会い、兄と「ティーザー(Teazer)」という名のバンドを結成する。このバンドではレッド・ツェッペリン、ブラック・サバスのカバーや、オリジナル曲の演奏をしていたという。13歳の時には4ヵ月間ほどボーカル・レッスンを受ける。その後、「ティーザー」は解散となり、15歳の時に「ザ・ミッション(The Mission)」に加入。

1981年、ギタリストのクリス・リゾーラを中心に活動していたバンド、「レッド・アラート(Red Alert)」に加入。熱心な活動を続けたのち、MCAレコードとの契約を結ぶことに成功しメジャー契約。同名のバンドが存在したため「スティールハート」と改名した。1990年にセルフタイトルのファースト・アルバム『スティールハート』でデビューを果たす。同年に初来日。

セカンド・アルバム『タングルド・イン・レインズ』発売後の1992年、コロラド州デンバーでのライブ中にマティアビッチはステージ上の照明器具にパフォーマンスとしてよじ登ろうとしたが、器具が適切に固定されておらず、その結果、マティアビッチの上に落下し、頭蓋骨、鼻、頬骨、顎、そして背骨を骨折するという大事故となった。また、一時的な記憶喪失にも陥った。九死に一生を得たリハビリの末、1996年のサード・アルバム『ウェイト』で復帰[1]。ライブ・ツアー終了後、バンドは長期の活動停止期間に入る。

2001年、映画『ロック・スター』用に特別結成されたバンド「スティール・ドラゴン(Steel Dragon)」に、マーク・ウォールバーグ演じる主人公の歌声を担当するボーカリストとして参加。ギターにザック・ワイルドとニック・カトネーゼ、ベースにジェフ・ピルソン、ドラムにジェイソン・ボーナムというスーパーグループであった。

2006年、10年ぶりにスティールハートが再始動。バンドのほとんどのビジネスを手がけ、自主レーベル「Steelheart Records」の設立や、スタジオ、テレビ、服飾関係の会社などを立ち上げる。2008年に12年ぶり4枚目のスタジオ・アルバム『Good 2B Alive』を発表。以降、精力的なライブ活動を展開している。2010年には、ロック・バンド、ドアーズのレイ・マンザレクとロビー・クリーガーと共にツアーを行い、ジム・モリソンのパートを歌った。2017年、スティールハート名義で27年ぶりの来日[2]。

現在は、マイク(Mike)ではなく、出生名であるミレンコ(Miljenko)を名乗っており、「ミリ(Mili)」の愛称で親しまれている。

ディスコグラフィ

スティールハート

  • 『スティールハート』 - Steelheart (1990年、MCA)
  • 『タングルド・イン・レインズ』 - Tangled in Reins (1992年、MCA)
  • 『ウェイト』 - Wait (1996年、DML Music Entertainment)
  • Good 2B Alive (2008年、Steelheart)
  • 『スルー・ワールズ・オブ・スターダスト』 - Through Worlds of Stardust (2017年、Frontiers)[3]

脚注

出典

外部リンク