マウントエヴァンズ男爵

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マウントエヴァンズ男爵
Baron Mountevans

紋章記述

Arms:Argent two Bars wavy Azure between three Boars' Heads Sable Crest:Between two Cross Crosslets fitchy Sable a Demi-Lion erased reguardant Or holding between the paws a Boar's Head erased also Sable Supporters:On either side a King Penguin proper
創設時期1945年11月12日
創設者ジョージ6世
貴族連合王国貴族
初代初代男爵エドワード・エヴァンズ
現所有者4代男爵ジェフリー・エヴァンズ(英語版)
相続人アレグザンダー・エヴァンズ閣下
付随称号なし
現況存続
モットー自由(Libertas)

マウントエヴァンズ男爵(英語: Baron Mountevans)は、連合王国貴族の男爵位。テラノバ遠征の南極探検隊の副隊長として知られるエドワード・エヴァンズが1945年に叙されたのに始まる。

歴史

王立海軍軍人エドワード・エヴァンズ(1880–1957)は、1910年から1912年にかけてのテラノバ遠征においてロバート・スコット率いる南極探検隊の副隊長を務めた。エヴァンズは南極点へ向けて南緯87度32分まで到達したが、疲労が限界に達したため、隊長スコットの判断でそこから帰路に就いて生還した(一方隊長のスコットは南極点まで到達したが、その帰路に遭難して死亡した)[1]。その後エヴァンズは海軍大将まで昇進し、1945年11月12日には連合王国貴族爵位カウンティ・オブ・ロンドンにおけるチェルシーのマウントエヴァンズ男爵(Baron Mountevans, of Chelsea in the County of London)に叙せられた[2][3]。

初代男爵の死後、その長男リチャード・アンドボード・エヴァンズ(1918–1974)が2代男爵を継承し[3][4]、2代男爵の死後はその長男エドワード・パトリック・ブローク・エヴァンズ(1943–2014)が3代男爵を継承した[3][5]。

3代男爵には子供がなかったため、3代男爵の死後にはその弟であるジェフリー・リチャード・ド・コーバン・エヴァンズ(英語版)(1948–)が4代男爵を継承した[3][6]。彼は2012年から2013年までロンドン市シェリフ(英語版)を務め[7]、2015年から2016年までロンドン市長(Lord Mayor of London)を務めた[8]。2017年現在も彼が当主である[3][6]。

現当主の保有爵位

現当主ジェフリー・エヴァンズ(英語版)は以下の爵位を保有している[3][6]。

  • カウンティ・オブ・ロンドンにおけるチェルシーの第4代マウントエヴァンズ男爵(4th Baron Mountevans, of Chelsea in the County of London)
    (1945年11月12日の勅許状による連合王国貴族爵位)

マウントエヴァンズ男爵 (1945年)

脚注

出典

参考文献

  • チェリー=ガラード, アプスリー 著、戸井十月 訳『世界最悪の旅(地球人ライブラリー)』小学館、1994年(平成6年)。ISBN 978-4092510074。