マーセル・ディオン

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マーセル・ディオン
ロサンゼルス・キングス時代 (1979年)
本名 マハセル・エルフェイジュ・ディーオン
原語名 Marcel Elphège Dionne
愛称 リトルビーバー
生誕 (1951-08-03) 1951年8月3日(75歳)
カナダの旗 カナダケベック州
ドラモンビル
身長 5 ft 8 in (1.73 m)
体重 185 lb (84 kg; 13 st 3 lb)
ポジション センター
ショット 右打ち
所属したチーム デトロイト・レッドウィングス
ロサンゼルス・キングス
ニューヨーク・レンジャース
代表 カナダの旗 カナダ
NHLドラフト 1巡目 / 全体2位(1971年)
デトロイト・レッドウィングス
プロ選手期間 1971年 – 1989年
1992年殿堂入り
獲得メダル
アイスホッケー
 カナダ
カナダカップ
優勝 1976 カナダ
世界選手権
銅1978 チェコスロバキア
銅1983 西ドイツ
銅1986 ソビエト連邦

マーセル・ディオン(フランス語: Marcel Dionne dee-OHN, 1951年8月3日 - )は、カナダ連邦ケベック州ドラモンビル生まれの元プロアイスホッケー選手である。ポジションはセンター。ホッケーの殿堂入りを果している。

弟のジルベール(フランス語版)は主にモントリオール・カナディアンズで活躍したNHL選手であった。

経歴

OHAのセントキャサリンズ・ブラックホークスでジュニアのスーパースターとして活躍、3シーズンで375ポイントを獲得し、チームの1971年のメモリアル・カップ決勝進出に貢献した。ディオンヌは1970年にOHAポイント王となり、リーグのセカンドオールスターチームにも選出され、翌1971年には、鎖骨を骨折して16試合を欠場したにもかかわらずポイント王を防衛し、ファーストオールスターに選ばれた。

1971年のNHLドラフト(英語版)1巡目(全体2位)でデトロイト・レッドウィングスから指名され、入団。全体1位はギイ・ラフレールであった。

NHLでの最初の4年間をデトロイト・レッドウィングスでプレーした。1971-72シーズンにNHLの新人最多ポイント記録となる77ポイントを記録し、キャプテンに任命された1974-75シーズンには74アシストと121ポイントでフランチャイズ記録を樹立し、レディ・ビング記念賞を受賞したものの、チームはポストシーズンに進むことはなかった。その後1975年6月17日、年間30万ドルの5年契約でロサンゼルス・キングスに移籍した。

1976-77シーズンには122ポイントを記録し、ファーストNHLオールスターチームに選出され、2度目のレディ・ビング賞を受賞した。ベストシーズンは1979-1980シーズンで、ディオンヌはチャーリー・シマーとデイブ・テイラーと共にリーグ史上最も得点力の高いトリオの一つトリプル・クラウン・ラインを結成し、137ポイント(53ゴール、84アシスト)を記録している。この年は、NHL においてポイント数ではウェイン・グレツキーに並んだ(なお、51ゴール、86アシストを記録したグレツキーは、このシーズンがNHLの初シーズン。)。グレツキーの出場試合数の方がディオンのそれよりも1試合少なかったが、ゴール数で勝ったディオンがアート・ロス記念賞(レギュラーシーズンポイント王)を受賞している。キングスは、56ゴールを挙げていたシマーが3月上旬に脚を骨折し、彼を欠いたキングスはプレーオフの1回戦でレンジャーズに番狂わせの敗北を喫した。

ディオンヌのキャリアで最高のプレーオフは1981-82シーズンで、10試合で11ポイントを挙げ、キングスが記録的なエドモントン・オイラーズを1回戦で敗った。

1981年1月7日、彼は通算740試合目で通算1,000ポイントを記録し、1982年12月14日、NHL通算500ゴール目を達成した。

1975年から1983年まで、毎年キングスのポイント王だったディオンヌだったが、1986年までに35歳の長老となり、ルック・ロビタイユら若手のメンターとなっていた。1987年3月10日にロサンゼルスからニューヨーク・レンジャーズへトレードされた。レンジャーズでの2年目のシーズン、全盛期の力こそ失われていたものの、ついにディオンヌとラフレールが同じチームでプレーすることになった。

翌1989-1990シーズン、コンディションを落としていたディオンヌは、レンジャーズ傘下の最上位マイナーリーグのチームでプレーし、トップチームに呼び戻されることなく、そのシーズン終了をもって引退した。

2005年の時点で6人の選手が達成している通算700ゴールの金字塔を、3番目に達成しており(初は、1980年のゴーディ・ハウ、2番目に達成したのは1981年のフィル・エスポジト)、通算ゴール数731は歴代第6位、ポイント数1,771は第6位、アシスト数1,040は第6位である(いずれも2026年現在)。[1]

1990年11月8日にロサンゼルス・キングス時代の背番号「16」が永久欠番となり、1992年には、ホッケーの殿堂入りを果たした。2012年にキングスが悲願のスタンレーカップ初優勝を飾った際、ステイプルズ・センターで行われたバナー掲揚式でスタンレーカップのバナーを運ぶ役を任され、その栄誉に浴した。

さらに2014年に再び優勝した際には、キングスはチームへの多大な貢献と彼がフランチャイズにとって持つ特別な意味を称え、ディオンヌにスタンレーカップ・リングを贈呈した。

2017年、100人の偉大なNHL選手の1人に選出された。

国際大会

ディオンヌは1972年、ソビエト連邦とのサミット・シリーズで、カナダ代表に選ばれるという名誉を得た。実際に出場機会はなかったものの、当時21歳の最年少選手として選出された。

1976年と1981年のカナダカップの代表にも選ばれ、13試合に出場して11ポイントを記録した。

1978年の世界選手権に代表キャプテンとして出場し、10試合で大会トップタイの9ゴールを記録して、カナダを銅メダルに導いた。[2]1979年、1983年(オルタネイト・キャプテンとして銅メダル)、1986年(キャプテンとして銅メダル)大会にも出場した。

詳細情報

通算成績

    レギュラーシーズン   プレイオフ
シーズン チーム リーグ GP G A Pts PIM GP G A Pts PIM
1968-1969 セントキャサリンズ・ブラックホークス OHA 48 37 63 100 38
1969-1970 セントキャサリンズ・ブラックホークス OHA 54 55 77 132 46
1970-1971 セントキャサリンズ・ブラックホークス OHA 46 62 81 143 20
1971-1972 デトロイト・レッドウィングス NHL 78 28 49 77 14 - - - - -
1972-1973 デトロイト・レッドウィングス NHL 77 40 50 90 21 - - - - -
1973-1974 デトロイト・レッドウィングス NHL 74 24 54 78 10 - - - - -
1974-1975 デトロイト・レッドウィングス NHL 80 47 74 121 14 - - - - -
1975-1976 ロサンゼルス・キングス NHL 80 40 54 94 38 9 6 1 7 0
1976-1977 ロサンゼルス・キングス NHL 80 53 69 122 12 9 5 9 14 2
1977-1978 ロサンゼルス・キングス NHL 70 36 43 79 37 2 0 0 0 0
1978-1979 ロサンゼルス・キングス NHL 80 59 71 130 30 2 0 1 1 0
1979-1980 ロサンゼルス・キングス NHL 80 53 84 137 32 4 0 3 3 4
1980-1981 ロサンゼルス・キングス NHL 80 58 77 135 70 4 1 3 4 7
1981-1982 ロサンゼルス・キングス NHL 78 50 67 117 50 10 7 4 11 0
1982-1983 ロサンゼルス・キングス NHL 80 56 51 107 22 - - - - -
1983-1984 ロサンゼルス・キングス NHL 66 39 53 92 28 - - - - -
1984-1985 ロサンゼルス・キングス NHL 80 46 80 126 46 3 1 2 3 2
1985-1986 ロサンゼルス・キングス NHL 80 36 58 94 42 - - - - -
1986-1987 ロサンゼルス・キングス NHL 67 24 50 74 54 - - - - -
1986-1987 ニューヨーク・レンジャース NHL 14 4 6 10 6 6 1 1 2 2
1987-1988 ニューヨーク・レンジャース NHL 67 31 34 65 54 - - - - -
1988-1989 ニューヨーク・レンジャース NHL 37 7 16 23 20 - - - - -
1989-1990 デンバー・レンジャース IHL 9 0 13 13 6
NHL合計 1348 731 1040 1771 600 49 21 24 45 17

国際大会

年度 チーム 大会 GPGAPtsPIM
1976 カナダ カナダカップ 71564
1978 カナダ 世界選手権 1093122
1979 カナダ 世界選手権 72134
1981 カナダ カナダカップ 64154
1983 カナダ 世界選手権 106392
1986 カナダ 世界選手権 104488
シニア 合計 5026174324


表彰 

ニューヨーク・レンジャーズ時代(1987年)

OHA(オンタリオ・ホッケー協会、Ontario Hockey Association)

  • 1970年 - エディ・パワーズ記念賞
  • 1970年 - OHA オールスター出場(第2チーム)
  • 1971年 - OHA オールスター出場(第1チーム)
  • 1971年 - エディ・パワーズ記念賞

NHL (デトロイト・レッドウィングス)

NHL (ロサンゼルス・キングス)

背番号

  • 16 (1990年11月8日 ロサンゼルス・キングスの永久欠番)

脚注

  1. ↑ Skater Records
  2. ↑ 「World Championship 1978 - Player Stats」QuantHockey 2026年10月14日閲覧

外部リンク