ミネルウァ

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ミネルウァ
知恵の女神, 戦争の女神, 芸術の女神
アンドレア・マンテーニャによるミネルウァの絵画
1499年と1502年の間、ルーヴル美術館所蔵
シンボル フクロウ, オリーブ, 槍, 紡錘
親 ユーピテル, メーティス
ギリシア神話 アテーナー
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ミネルウァ(ラテン語: Minerva)は、音楽・詩・医学・知恵・商業・製織・工芸・魔術を司るローマ神話の女神[1][2]。

なお、項目名の表記は古典ラテン語などの音写に基づくが、俗ラテン語などに基づくミネルヴァという読みでも知られる。英語読みはミナーヴァ。

芸術作品などでは、彼女の聖なる動物であり知恵の象徴でもあるフクロウと共に描かれることが多い。神話上では、フルートの発明者とされる[3]。ギリシア神話のアテーナーと同一視され、戦争の女神ともなっている[4]。

ローマでの信仰

ミネルウァは、ユーピテル、ユーノーと共にローマのカピトリーノ三柱神とされた。

ミネルウァには女神としての側面がいくつかあり、"Minerva Medica"(ミネルウァ・メディカ)とされた場合、彼女は医師と医療を司る女神であった。"Minerva Achaea"(ミネルウァ・アカイア)とされた場合、彼女の聖堂(ディオメーデースのものとされる奉納品と武器が保存されている)があるプッリャ州ルチェーラで信奉された存在である[5][6]。

バースのローマ浴場跡(英語版)で見つかった"スリス-ミネルウァ"の頭像

『祭暦』の三巻においてオウィディウスは彼女を、"goddess of a thousand works."(千の仕事の女神)と呼んだ。ミネルウァはイタリア全土で信奉されていたが、唯一ローマにおいてはアテーナーの好戦的性格が共有され、戦いを司るようになった。また、ミネルウァ信仰はブリタンニアにも持ち込まれ、知恵を司る土着の女神スリス(英語版)と同一化されるなどした。

ローマ人は3月19日から23日の彼女の祭典の内、(中性の複数形で)"Quinquatria"と呼ばれる19日を祝い、職人の祝日とした。また、その縮小版である" the Minusculae Quinquatria"は、6月13日に宗教上大きな役割を果たすアウロス奏者によって行われた。紀元前207年、アウェンティーヌスにある彼女の寺院への奉納品を作るため、詩人と役者のギルドが作られた(ルキウス・リウィウス・アンドロニクスも参加していた)。

現代での使用

大学及び教育施設

ミネルウァ像
ミネルウァ像

知恵を司る女神としての側面から、ミネルウァは教育機関などで紋章に取り入れられたりしている。

ハイデルベルクのAlte Brückeにあるミネルウァ像
チュニジアのミネルウァ神殿

政府・協会など

カリフォルニア州の紋章
名誉勲章

公共施設

脚注

  1. ↑ Candau, Francisco J. Cevallos (1994). Coded Encounters: Writing, Gender, and Ethnicity in Colonial Latin America. University of Massachusetts Press. pp. 215. ISBN 0870238868
  2. ↑ “デジタル大辞泉の解説”. コトバンク. 2018年2月4日閲覧。
  3. ↑ “OVID, FASTI BOOK 6 - Theoi Classical Texts Library”. www.theoi.com. 2022年5月30日閲覧。
  4. ↑ 山北篤監修『西洋神名事典』新紀元社、p.246。
  5. ↑ Aristotle Mirab. Narrat. 117
  6. ↑ Schmitz, Leonhard (1867). “Achaea (2)”. In Smith, William. Dictionary of Greek and Roman Biography and Mythology. 1. Boston. pp. 8
  7. ↑ AC.at Archived 2012年3月16日, at the Wayback Machine.
  8. ↑ www.albany.edu

参考文献

非日本語文献

関連項目