ルイ・コスタ

ウィキペディアから、無料の百科事典
ルイ・コスタ
SLベンフィカ時代のコスタ
名前
本名 ルイ・マヌエル・セーザル・コスタ
Rui Manuel César Costa
愛称 マエストロ[1] (芸術家、匠)
ラテン文字 RUI COSTA
基本情報
国籍 ポルトガルの旗 ポルトガル
生年月日 (1972-03-29) 1972年3月29日(52歳)
出身地 アマドーラ
身長 180cm
体重 74kg
選手情報
ポジション MF (OH) / FW
利き足 右足
ユース
1977-1990 ポルトガルの旗 ベンフィカ
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
1990-1991 ポルトガルの旗 ファフェ 38 (6)
1991-1994 ポルトガルの旗 ベンフィカ 78 (13)
1994-2001 イタリアの旗 フィオレンティーナ 215 (38)
2001-2006 イタリアの旗 ミラン 124 (4)
2006-2008 ポルトガルの旗 ベンフィカ 43 (5)
代表歴
1990 ポルトガルの旗 ポルトガル U-18 4 (1)
1991 ポルトガルの旗 ポルトガル U-20 11 (1)
1992-1994 ポルトガルの旗 ポルトガル U-21 19 (7)
1993-2004 ポルトガルの旗 ポルトガル 94 (26)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

ルイ・マヌエル・セーザル・コスタ(Rui Manuel César Costa, 1972年3月29日 - )は、ポルトガル・アマドーラ出身の元サッカー選手。元ポルトガル代表。現役時代のポジションはミッドフィールダー。現在はSLベンフィカで会長を務める。

現役時代は「マエストロ」の愛称で知られ[1]、卓越したテクニックと広い視野、優れたパスセンスで知られていた。また、両足での正確な得点力も兼ね備えていた。選手時代にはSLベンフィカ、ACFフィオレンティーナ、ACミランなどでプレーし、プリメイラ・リーガ、タッサ・デ・ポルトガル、セリエA、コッパ・イタリア、UEFAチャンピオンズリーグ、UEFAスーパーカップなどのタイトルを獲得している。また、ポルトガル代表では94試合に出場して26得点を挙げている他、UEFA欧州選手権に3度とFIFAワールドカップに1度それぞれ出場している。

クラブ経歴

SLベンフィカ

1982年、コスタはベンフィカの入団テストに参加した。その際のプレーがベンフィカの英雄であるエウゼビオに評価され、彼は18歳になる1990年までベンフィカのユースチームでプレーした。1990年、コスタは2部のADファフェへレンタルで移籍し、トップデビューを飾った[2][3]。1991年にはベンフィカに復帰し、中心選手として定期的に出番を得た。1991-92シーズンにはポルトガル・カップを、その翌シーズンの1993-94シーズンにはプリメイラ・リーガを制覇した。コスタはジョアン・ピントらと共に強力な中盤を形成し、彼のチームでの役割の重要さを示した[4][5]。

ACFフィオレンティーナ

1994年の夏、ヨハン・クライフ監督が獲得を希望し、FCバルセロナへの移籍が確定していた[6]。しかし、選挙戦でベンフィカの会長が変わったことにより、ベンフィカは更に高い移籍金を要求、イタリアのセリエAに所属するACFフィオレンティーナが、バルセロナより高額な移籍金を支払うことを約束したため、フィオレンティーナへ移籍することとなった[6]。本人はバルセロナでのプレーを望んでいたが、チームの経済的な理由から、フィオレンティーナへの移籍を受け入れた[6]。

ガブリエル・バティストゥータと強力なコンビを形成し、1996年にはコッパ・イタリア、スーペルコッパ・イタリアーナを制覇するなど[6]、7シーズンの間、優れたプレーを見せてファンたちから愛された[6]。

ACミラン

2001年、フィオレンティーナの財政悪化などもあり、2000-01シーズンにフィオレンティーナのコーチを務めていたファティ・テリムが指揮するACミランに移籍した[2][7]。その際の移籍金は2001-02シーズンのセリエAでは最高額の850億リラ(4390万ユーロ)に上った[8][9]。加入直後に怪我をしたこともあり初年度はあまり活躍できなかったが、翌シーズンには調子を上げ、UEFAチャンピオンズリーグとコッパ・イタリアの2冠に貢献した。しかし、2003年以降は新加入のカカにポジションを奪われ、十分な出場機会を得られなかった[2][7]。それでもコスタはカカに対して賞賛を惜しまず、また個人的にもアドバイスを送り続けカカの成長を手助けした[2]。後にカカも、「コスタは僕のことをすごく助けてくれた。コスタと僕は先生と生徒の関係だったね。」と述べている[10]。コスタの引退試合の前日には、ミランの副会長のアドリアーノ・ガッリアーニは「ミラノ市民、そしてイタリア国民は決してコスタの名前を忘れることはないだろう。君はいつまでも“ロッソ・ネロ”(ミランの愛称)の家族の一員だ」とコスタをたたえる手紙をファックスで届け[11]、キャプテンのパオロ・マルディーニは「コスタがまだまだ僕らのサッカー界で活躍できる一流の選手であることは僕が一番よく分かるよ。偉大なる男、そして友人だったルイにありがとうと言いたい」とのメッセージを寄せた[11]。コスタはこれらのメッセージについて、「感動して泣いてしまった。」と引退試合後の記者会見で語っている[11]。

ベンフィカ復帰

2006年5月25日、コスタは相方合意の上でミランとの契約を解除し、古巣のベンフィカに復帰した。同年8月22日、コスタは復帰初戦の、チャンピオンズリーグの本戦出場を懸けたFKアウストリア・ウィーンとの予選3回戦で、豪快なミドルシュートで先制ゴールを上げ[11]、ベンフィカの3-0での勝利と本戦への出場に大きく貢献した[12][13][14]。

しかしこの試合で彼は右足太ももの筋肉を傷めてしまい、さらに2週間後のボアヴィスタFC戦での強行出場が裏目に出て1ヶ月間の離脱を余儀なくされた。そして復帰後のCDアヴェス戦でも違和感を訴え、再び3ヶ月の間負傷離脱した[11][15]。2007年1月のタッサ・デ・ポルトガル4回戦のオリヴェイラ・ド・バイーロSC(ポルトガル語版)戦で復帰した[16][17]後は、11試合に先発出場した。しかしチームはFCポルトとスポルティングCPに次ぐ3位に終わり、タッサ・デ・ポルトガルではベスト16で敗退すると、チャンピオンズリーグでも敗退し、UEFAカップではRCDエスパニョールに敗れて無冠に終わった。

2007-08シーズンの開幕前、コスタは同シーズン限りで引退することになるだろうと話した[11]。同シーズン開幕時、ベンフィカは監督のフェルナンド・サントスを解任し、後任の監督としてホセ・アントニオ・カマーチョを指名したが、コスタは監督交代後もレギュラーを務めた。シーズン初戦のチャンピオンズリーグ予選のFCコペンハーゲン戦では2得点を挙げ、チームの本戦出場に貢献した[18] また同じカードでアウェーでの第2戦でも1-0での勝利に重要な役割を果たし、ベンフィカの3年連続のグループステージ進出に貢献した[19]。9月のCDナシオナル戦では、リーグ戦では復帰以来初となる得点を挙げるなど、公式戦6試合で4ゴールの好スタートを切り[11]、SJPF月間最優秀選手賞(英語版)を獲得した。またチャンピオンズリーグでは、アウェーで古巣ミランと対戦し、この試合には1-2で敗れた[20]が、5日後のホームでの再戦では1-1で引き分けた[21]。しかしチームはミランとセルティックFCの後塵を拝し、3位に終わった。

2007年12月31日、コスタは2007-08シーズンを持って選手生活を引退することを正式に表明した[22][23]。そして2008年5月11日、スーペル・リーガの2007-08シーズン最終戦となったヴィトーリアFCとのホームゲームで、「多くのファンとプライドと共にピッチを去る」という言葉を残し[2]、選手生活を引退した[1]。この試合には54000人の観客が集まり、大きな拍手を受けた[1]。試合後の記者会見では、一番の思い出としてワールドユースでの優勝を挙げ[1]、最高のチームメイトにはガブリエル・バティストゥータとパオロ・マルディーニを挙げている[1]。また、「(怪我で活躍できなかった大きな大会が多かったこと、所属クラブの財政難から移籍した経験などを指して)選手生活に運が無かったとは思わないか?」との質問を受けた。これに対し、コスタは「最後の試合に5万4千人も集まって声援を送ってくれた。これほど幸せな選手はいないんじゃないかな?僕は十分運が強いと思うよ。」と答え、最後まで前向きで周囲に感謝する彼らしさを感じさせる受け答えとなった[11][24]。

ポルトガル代表経歴

ポルトガル代表でのコスタ(1993年)

1991年、U-20ポルトガル代表としてカルロス・ケイロスの下で地元開催のワールドユースに出場し[25]、決勝でブラジルを破って優勝を果たした[26]。以降、ルイス・フィーゴらと共にポルトガルサッカー黄金世代の中心選手となった[7]。

1993年3月、FIFAワールドカップ欧州予選のスイス戦でA代表デビューを果たした[27]。ポルトガル代表の主力としても成長し、1996年のEURO1996ではベスト8、2000年のEURO 2000ではベスト4に進出した。

2002 FIFAワールドカップでは、自身初のW杯出場を果たした。しかしグループリーグ初戦のアメリカ戦で敗れると、2戦目のポーランド戦では得点したものの、3戦目の韓国戦では出場機会を得られず、チームもグループリーグで敗退した。

地元開催のEURO2004にも出場し、グループリーグ第2回戦のロシア戦で得点を挙げ、チームの初勝利に貢献した[28]。準々決勝のイングランド戦では延長後半に得点を挙げた[29]が、直後にフランク・ランパードの同点ゴールを許してPK戦に突入した[29]。PK戦ではコスタがPKを失敗したものの、チームは勝利した[29]。その後準決勝でオランダを破り[30]、決勝戦の前日にはこの決勝戦で代表を引退すると表明していた[27]が、決勝では開幕戦でも敗れたギリシャに敗れ準優勝に終わった[31]。この大会を最後にポルトガル代表を引退した。

コスタはミッドフィルダーであるにも関わらず、94試合に出場して26得点を記録した。出場試合数は歴代4位、得点数は歴代7位の記録である[32]。

引退後

引退試合の翌日、コスタはベンフィカのテクニカル・ディレクターに就任した[2][33]。2008年には、新監督にスペイン人のキケ・サンチェス・フローレスを任命し[34]、アルゼンチン代表の司令塔パブロ・アイマール[35][36]、スペイン代表のウィングホセ・アントニオ・レジェス[37][38]、ホンジュラス代表のストライカーダビド・スアソらとの契約を成立させた。その翌年の2009年には、アルゼンチン代表のストライカーハビエル・サビオラ[39]、ブラジル代表の攻撃的MFラミレス[40]、スペインの守備的MFハビ・ガルシア[41]らを獲得した他、監督のキケ・サンチェスとの契約を解除し[42]、新監督にポルトガル人のジョルジェ・ジェズスを指名した[43]。このシーズン、ベンフィカはライバルのFCポルトを破り、5シーズンぶりのリーグ戦優勝を果たした[44][45]。

2021年10月9日、ベンフィカの新会長に選出されたことが発表された[46]。得票率は84.48%で任期は2025年までの4年間。

出演

1996年、アメリカのスポーツウェア会社Nikeが主催する、「正義対悪」というタイトルのコマーシャルに出演した[47][48]。ローマのアンフィテアトルムが舞台となっており、ロナウド、パオロ・マルディーニ、エリック・カントナ、ルイス・フィーゴ、パトリック・クライファートなど世界中のサッカー選手が、「ジョゴ・ボニート(英語版)(美しいゲーム)」を守るために、悪のチームと戦うというストーリーとなっている[47]。またコスタは、EAスポーツが製作したテレビゲーム、FIFA16にも登場している[49]。

エピソード

個人成績

クラブ シーズン リーグ戦 国内カップ 国際大会 その他 合計
ディヴィジョン出場得点出場得点出場得点出場得点出場得点
ファフェ (loan) 1990-91 セグンダ・ディヴィゾン 38600--386
ベンフィカ 199-92 プリメイラ・リーガ 214307010324
1992-93 234414010325
1993-94 3453184204710
クラブ通算 78131021944011119
フィオレンティーナ 1994-95 セリエA 31940--359
1995-96 34472--416
1996-97 282108010382
1997-98 32352--375
1998-99 31107410-3914
1999-00 30440142-486
2000-01 2967220-388
クラブ通算 2153835102521027650
ミラン 2001-02 セリエA 22010103-333
2002-03 25051180-481
2003-04 283406030413
2004-05 241409010381
2005-06 2503340-323
クラブ通算 12441744734019211
ベンフィカ 2006-07 プリメイラ・リーガ 1403051-221
2007-08 29543122004510
クラブ通算 43573173006711
キャリア通算 498666919108129068497

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 94試合 26得点(1993年 - 2004年)[55]
ポルトガル代表国際Aマッチ
年出場得点
199372
199451
199573
1996112
199740
199853
199996
2000133
200160
200272
2003111
200493
通算9426

タイトル

脚注

  1. 1 2 3 4 5 6 ルイ・コスタ、引退に感極まる - uefa.com
  2. 1 2 3 4 5 6 7 「世界最高のパサー」マヌエル・ルイ・コスタ - soccer-report.info
  3. ↑ “Associação Desportiva de Fafe” (Portuguese). ZeroZero (15 December 2012). 3 December 2016閲覧。
  4. ↑ “Campeonato Nacional da I Divisão 1993/94” (Portuguese). ZeroZero (15 December 2012). 3 December 2016閲覧。
  5. ↑ “Taça de Portugal 1992/1993” (Portuguese). ZeroZero (15 December 2012). 3 December 2016閲覧。
  6. 1 2 3 4 5 “Rui Costa, ‘O Maestro’ che insegnò calcio con Fiorentina e Milan”. GOAL. 2023年8月1日閲覧。
  7. 1 2 3 ミランの偉大な「10番」たち - マヌエル・ルイ・コスタ - GOAL.com
  8. ↑ A.C. Fiorentina S.p.A. bilancio (financial report and accounts) on 30 June 2001 (in Italian), PDF purchased from Italian C.C.I.A.A.
  9. ↑ “Milan snap up £30m Rui Costa”. BBC Sport. (3 July 2001) 31 March 2010閲覧。
  10. ↑ カカ「ルイ・コスタは僕の先生だ」 - futepor.com
  11. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 チーム愛を貫いて ルイ・コスタ、ベンフィカに魂を宿し続けた18年間 - Sportsnavi
  12. ↑ “Benfica 3–0 Austria Wien” (Portuguese). ZeroZero. 22 December 2012閲覧。
  13. ↑ “BENFICA-AUSTRIA VIENA, 3–0 (Rui Costa 21, Nuno Gomes 45+2, Petit 57)” (Portuguese). Record (22 August 2006). 22 December 2012閲覧。
  14. ↑ “Foi preciso esperar 12 anos” [It was needed 12 years] (Portuguese). Record (23 August 2006). 22 December 2012閲覧。
  15. ↑ “Departamento médico confirma paragem de Rui Costa” [Medical Departament doctor confirms Rui Costa's stop] (Portuguese). Record (3 October 2006). 22 December 2012閲覧。
  16. ↑ “Benfica 5–0 Oliv. Bairro” (Portuguese). ZeroZero. 22 December 2012閲覧。
  17. ↑ “Maestro regressou na festa do futebol” [Maestro returned in the football party] (Portuguese). Record (7 January 2007). 22 December 2012閲覧。
  18. ↑ “Benfica 2-1 FC København” (Portuguese). ZeroZero. 22 December 2012閲覧。
  19. ↑ “FC København 0-1 Benfica” (Portuguese). ZeroZero. 22 December 2012閲覧。
  20. ↑ “Milan 2-1 Benfica” (Portuguese). ZeroZero. 22 December 2012閲覧。
  21. ↑ “Benfica 1-1 Milan” (Portuguese). ZeroZero. 22 December 2012閲覧。
  22. ↑ ルイ・コスタ 今シーズン限りで現役引退へ - afpbb.com
  23. ↑ ルイ・コスタが現役引退を表明 - Livedoor.NEWS
  24. ↑ “Benfica 3–0 V. Setúbal” (Portuguese). ZeroZero. 22 December 2012閲覧。
  25. ↑ FIFA World Youth Championship Portugal 1991:PORTUGAL - FIFA.com
  26. ↑ Portugal 0-0 Brazil - FIFA.com
  27. 1 2 ルイ・コスタが代表引退を表明 - UEFA.com
  28. ↑ 地元ポルトガルが初勝利 - UEFA.com
  29. 1 2 3 Portugal hold their nerve against England - uefa.com
  30. ↑ Maniche has final say against Oranje - uefa.com
  31. ↑ Greece are crowned kings of Europe - uefa.com
  32. ↑ “Portugal - Record International Players”. RSSSF. 24 July 2015閲覧。
  33. ↑ 「12年前のEURO決勝で敗れたポルトガル代表、23選手のその後」 - qoly.jp
  34. ↑ ベンフィカ キケ・フローレス氏の監督就任を発表 - AFPBB.com
  35. ↑ Aimar leaves Zaragoza for Benfica - UEFA.com、2008年7月17日
  36. ↑ ベンフィカ アイマール獲得を発表 - AFPBB.com、2008年7月18日
  37. ↑ レジェスがベンフィカへレンタル移籍 - UEFA.com 2008年8月7日
  38. ↑ CL予選登録メンバーから外れたレジェス、ベンフィカへ - Livedoor.com 2008年8月9日
  39. ↑ “Saviola : "Venho para ser campeão"” [Saviola : "I am here to be champion"] (Portuguese). Record (28 June 2009). 15 December 2012閲覧。
  40. ↑ “Cruzeiro confirma venda de Ramires para o Benfica” (ポルトガル語). Estadão (21 May 2009). 22 May 2009閲覧。
  41. ↑ “Chegou o dia de Javi” [It has arrived the day of Javi] (Portuguese). Record (20 July 2009). 15 December 2012閲覧。
  42. ↑ ベンフィカのサンチェス・フローレス監督が退団 - UEFA.com
  43. ↑ “Benfica confirma Jesus para duas épocas” [Benfica confirms Jesus for two seasons] (Portuguese). Record (16 June 2009). 15 December 2012閲覧。
  44. ↑ “Benfica win Portuguese championship”. Soccerway (Global Sports Media). (9 May 2010). オリジナルの12 May 2010時点におけるアーカイブ。 10 May 2010閲覧。
  45. ↑ “Cardozo seals title for Benfica”. UEFA.com (UEFA). (9 May 2010). オリジナルの2010年5月11日時点におけるアーカイブ。 10 May 2010閲覧。
  46. ↑ “ポルトガルのレジェンドMFルイ・コスタ氏がベンフィカ会長に。圧倒的票数で当選”. フットボールチャンネル. (9 October 2021) 10 October 2021閲覧。
  47. 1 2 Jackson, Steven J. (10 Nov 2004). Sport, Culture and Advertising:Identities, Commodities and the Politics of Representation. Routledge. p. 186
  48. ↑ “Nike and Maven Networks Introduce JogaTV”. Nikego (Nike). (17 April 2006). オリジナルの2013年1月30日時点におけるアーカイブ。 21 February 2015閲覧。
  49. ↑ “FIFA 16 Ultimate Team™ - New Legends”. EA Sports (1 September 2015). 8 September 2015閲覧。
  50. ↑ C・ロナウド、ミランへの憧れを明かす「子どもの頃に応援していた」 - footballchannel.jp
  51. ↑ 歴史に名を残すことを信じてきたロナウド - uefa.com
  52. 1 2 “A.C. Milan Hall of Fame: Manuel Rui Costa”. 9 December 2014閲覧。
  53. ↑ “KEY MEN”. The Daily Star (28 May 2003). 7 November 2015閲覧。
  54. ↑ “Ordens Honoríficas Portuguesas” [Portuguese Honorary Orders] (Portuguese). Presidency of the Portuguese Republic. 10 March 2015閲覧。
  55. ↑ ルイ・コスタ - National-Football-Teams.com
  56. 1 2 3 “Tournoi Espoirs de Toulon – Official Player Awards”. (18 June 2015) 2 April 2016閲覧。
  57. ↑ FIFA XI´s Matches - Full Info
  58. ↑ “Pele's list of the greatest”. BBC Sport. (4 March 2004) 15 June 2013閲覧。
  59. ↑ “Rui Costa venceu o prémio KIA / Jogador do Mês”. sjpf.sapo.pt. 2011年10月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年4月2日閲覧。
  60. ↑ “Gala do Benfica: Aimar distinguido como o melhor de 2010/11 [Benfica's gala: Aimar distinguished as the best of 2010-11]” (Portuguese). (29 February 2012) 1 March 2016閲覧. "Rui Costa (2007)"
  61. ↑ “Festa al Franchi, presenti e assenti. No eccellenti da Rui Costa, Baggio e Batistuta” (Italian). Fiorentina.it (23 August 2016). 24 August 2016閲覧。

外部リンク