ルディ・アルティヒ

ウィキペディアから、無料の百科事典
獲得メダル

ルディ・アルティヒ
金1959アマ・個人追抜
金1960プロ・個人追抜
金1961プロ・個人追抜
金1966 ニュルブルクリンクプロ・個人ロード
銀1965 サン・セバスティアンプロ・個人ロード

ルディ・アルティヒ(Rudi Altig 1937年3月18日 - 2016年6月11日)はドイツ・マンハイム出身の元自転車競技選手。スプリンター型の選手であった。

経歴

1960年、1961年の世界自転車選手権・個人追い抜きで連覇を達成したことがアルティヒの自転車選手キャリアとしての第一歩といっても過言ではなく(アマチュア時代は1959年に世界選手権の個人追い抜きを制覇している)、その後はロードレースでも活動の場を広げる。

1962年

1964年

1965年

1966年

1968年

1969年

1970年

  • 2度目の西ドイツ国内選手権を制した。

上記の世界選手権個人追い抜き連覇を果たしたように、アルティヒはトラックレースも得意としており、とりわけ6日間レースは当時ドイツ国内では大人気の冬季競技であったが、アルティヒはベルリン、ブレーメンなどの同レースを含め通算22勝を挙げ、当時は西ドイツのスーパースターの一人であった。

一方、現役時代は薬物使用疑惑が絶えず持ち上がった選手としても有名で、その疑惑については引退後にメタンフェタミンなどの使用歴を告白しているが、アルティヒの現役当時はドーピング違反の罰則規定が設けられる以前であり、正確にはドーピング違反には当たらない[1]。 自身の行為についても肯定的な発言を述べてる[要出典]。1971年に引退後はドイツ公共放送連盟(ARD)、ユーロスポートの解説者を2005年まで務めた。

脚注

  1. ↑ “Die Doping-Mafia”. DeutschlandRadio (2007年12月26日). 2010年5月28日閲覧。

外部リンク