レーニン主義の基礎
| スターリン主義 |
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レーニン主義の基礎(レーニンしゅぎのきそ、Об основах ленинизма, Ob osnovakh leninizma、英語: Foundations of Leninism) は、ヨシフ・スターリンが1924年にスヴェルドロフ大学で行った9回の講義をまとめた著作である。ソ連国営新聞プラウダから出版された[1][2]。
1924年1月にウラジーミル・レーニンが死去した後、ソビエト連邦共産党指導部内では誰が正統な後継者かという抗争がはじまり、「レーニン主義」をめぐる論争が行われた。本書は永続革命論をはじめとするレフ・トロツキーの思想を攻撃した。本書刊行の翌1925年、トロツキーは赤軍長官を解任される。さらに1926年にスターリンは『レーニン主義の諸問題によせて』でグリゴリー・ジノヴィエフを主な標的として攻撃した。本書および『レーニン主義の諸問題によせて』は、その後実際にトロツキー、ジノヴィエフ、レフ・カーメネフが排除され、1936年には第一回モスクワ裁判でジノヴィエフとカーメネフが処刑される(メキシコに亡命したトロツキーは1940年に暗殺)ことになるという意味で、大粛清を準備し、正当化した文書でもある。
背景
1924年1月のレーニン死後、ソビエト連邦共産党の各派閥間で権力闘争が始まった。スターリンは、グリゴリー・ジノヴィエフやレフ・カーメネフと手を組んだ[3]。
本書には、スターリンがスヴェルドロフ共産主義大学で共産党幹部候補生に対して行った9回の講義の記録が収められており、1917年の10月クーデタ(10月革命)以降、スターリンが発表した最初の著作となった[4]
スターリンは理論家として打ち出そうとしていた。ボリシェヴィキ指導者層において、党の最高幹部として評価されるためには、教義上の問題について何らかの貢献を示すことが不可欠であった。多忙を極める中、スターリンは『レーニン主義の基礎』と題する一連の講義(全9回)をまとめ上げ、1924年4月、スヴェルドロフ大学で党活動家養成コースの受講生に向けてそれを行った。
概要
スターリンの講義では、レーニン主義の歴史的根源、その手法と理論、プロレタリア独裁、農民問題、民族問題、戦略と戦術、そして活動様式が取り上げられた。
第1回講義:レーニン主義の歴史的根源 スターリンによれば、「レーニン主義とは帝国主義時代のマルクス主義」であり、ボリシェヴィキの指導イデオロギーである。彼は、帝国主義が資本主義にもたらす3つの矛盾を挙げている。
- 労働と資本の間の矛盾
- 金融グループと帝国主義諸国の間の矛盾
- 支配国と植民地(従属国)・諸民族との間の矛盾
これらの矛盾は、資本主義諸国にすでに存在する矛盾を増大させる。本講義は、帝国主義の性質に関するレーニンの著作、とりわけ1917年の『帝国主義論』に基づいている。
第2回講義:レーニン主義の手法と理論 スターリンは2回目の講義の冒頭で、第二インターナショナルの時代に言及している。当時、カール・カウツキーをはじめとする正統派マルクス主義者たちは、社会民主主義政党内の団結を維持するために、「日和見主義的」(修正主義的)な原則を採用していた。こうした日和見主義ゆえに、カウツキーや各政党は、革命的な社会主義の戦術や綱領を支持せず、エドゥアルト・ベルンシュタインの改良主義を支持した。スターリンによれば、第一次世界大戦の勃発に際して、第二インターナショナルは戦争を支持し、暴力的なプロレタリア革命に反対したことで、「時代遅れ」かつ「排外主義的」で「狭量な」ものとなった。これに対し、十月革命とロシア内戦を成功させたレーニン主義が、マルクス主義における正統かつ主要な潮流となったのである。彼は、レーニン主義の手法を次のように定義している。
- 第二インターナショナルの理論的ドグマの検証、および理論と実践の再構築
- 第二インターナショナル各党の政策の検証
- 新たな革命的方針に沿った党活動全般の再編、および革命闘争に向けた大衆の準備
- 自己批判は、党内において、意見を調整し戦略を評価するための手段である。
スターリンによって「自己批判」という概念は、「レーニン主義的」(マルクス・レーニン主義的)政治イデオロギーおよび党政治の不可欠な構成要素として発展・拡大された。スターリンは、レーニンの著作『共産主義における左翼小児病を引用することで、この教義を正当化した。
評価
スターリンに対する左翼反対派を率いたレオン・トロツキー は、スターリンの講義を「イデオロギーのゴミ」、「偏狭な公式マニュアル」「陳腐なものを列挙したアンソロジー」と非難し[5]、ジノヴィエフ、ブハーリン、カメネフによるプロパガンダ作戦の一環として特徴づけている。ジノヴィエフは「レーニン主義:レーニン主義研究入門」で反論した[6]。
トロツキストの歴史家アイザック・ドイッチャーによれば、『レーニン主義の基礎』は、その内容と、スターリンが新たに打ち出した一国社会主義論との間に矛盾が生じたため、流通から回収された。スターリンは後継著作として『レーニン主義の諸問題』を執筆し、マルクス・レーニン主義の概念を修正し、国家の工業経済に注力することによって社会主義を建設できると説いた[7][8]。
トロツキーの理論にはレーニンをはじめ多くの批判者がいたが、1917年のロシアで起きた出来事は、トロツキーが定式化した理論の第一段階と符号した[8]。しかし1920年代半ばになると、西側諸国でプロレタリア革命が起こりそうにないことが明らかになった[8]。これにより、ロシア革命が自足可能かという問い、世界革命が起きない状況下で「一国社会主義」を建設することは可能か、という問いが浮上した[8]。
スターリンは講演『レーニン主義の基礎』の中で、トロツキーの永続革命論はもはや成立し得ないと強く主張した[8]。「資本主義諸国の発展が不均等かつ断続的であるという性質は……個々の国々においてプロレタリアートが勝利する可能性だけでなく、その必要性をも導き出す」と述べた。現実の政治という観点から見れば、スターリンが掲げた「一国社会主義」建設という方針は、トロツキーらが提示した「さらなる革命闘争」という展望に比べ、党員や、こうした問題を理解できる層の人々にとって、はるかに魅力的なものに映った[8]。スターリンの定式は、国際主義に訴えるというよりも、根源的なナショナリズムの衝動に訴えかけるものだったとアラン・ウッズは指摘する[8]。
エリック・ファン・レーは、スターリンの『レーニン主義の基礎』がマルクス主義とロシア・ナショナリズムを統合し、「社会愛国主義」の形成に寄与したと指摘している[9]。『レーニン主義の基礎』の中で、スターリンは「アメリカの効率性」に対極的な「ロシア的な革命の勢い」に言及している[9]。それはロシアの「硬直性、ルーチン、保守主義、思考の停滞、そして先祖の伝統に対する奴隷的な態度」に対する「解毒剤」であり、ロシア的な革命の勢いは精神を奮い立たせ、「前進を促し、過去を打ち砕き、展望を切り拓く」[9]。
アフリカ系アメリカ人の公民権運動家でありソ連政治局員でもあったハリー・ヘイウッドは、スターリンの著作をジム・クロウ法や奴隷制との関連において高く評価した。
盗用疑惑
歴史学者スティーヴン・コトキンは、スターリンが『レーニン主義の基礎』をソ連のジャーナリスト、フィリップ・クセノフォントフ( Filipp Ksenofontov)の著作から盗用したと主張している[10]。
この見解は他の数人の歴史家も共有しているが、クセノフォントフの著作からどの程度盗用が行われたかという点については、意見が分かれている[11][12][13]。
日本語訳
- 河合勝三訳『レエーニニズムの基礎』プレブス出版社, 1927.7. イスクラ・パンフレット(1927年に発売禁止処分[16])
- 佐野学, 西雅雄訳編「スターリン・ブハーリン著作集」第3巻, 1928.
- 高木孝作訳 1930.6. 共生閣文庫
- 田畑三四郎譯. 白揚社, 1930.
- レーニン主義の基礎. 續 入江武一譯. 白揚社, 1930.
- 野沢孝平訳 1933. 改造文庫
- レーニン主義の諸問題 第1 (レーニン主義の基礎) 広島定吉 訳. ナウカ社, 1946.
- 北輝夫訳. 彰考書院, 1946.
- 秋山憲夫訳. 人民社, 1946.
- レーニン主義の基礎について 平沢三郎訳 1952. 国民文庫
- スターリン全集刊行会翻訳 大月書店 1952年 ISBN 4272820109
脚注
- ↑ “The Foundations of Leninism”. www.marxists.org. 2026年11月1日閲覧。
- ↑ Stalin, Joseph (1970). Foundations of Leninism. Peking: Foreign Languages Press. p. 119. OCLC 52989350
- ↑ Kort, Michael (2006). The Soviet Colossus. Armonk, New York: M.E. Sharpe. pp. 177, 502
- ↑ Service, Robert (2004). Stalin: A Biography. United Kingdom: Macmillan. pp. 715. ""Meanwhile, Stalin was eager to put himself forward as a theorist. He had had no time to write a lengthy piece since before 1917, and no Bolshevik leader was taken seriously at the apex of the party unless he made a contribution on doctrinal questions. Despite the many other demands on his time and intellect, he composed and, in April 1924, delivered a course of nine lectures for trainee party activists at the Sverdlov University under the title Foundations of Leninism.""
- ↑ Trotsky, Leon (1963). 永続革命/結果と展望. London, UK: New Park Publications. pp. 36–37, 246
- ↑ “Gregory Zinoviev: Bolshevism or Trotskyism”. www.marxists.org. 2019年9月19日閲覧。
- ↑ Deutscher, Isaac (1949). Stalin: A political biography. Oxford University Press
- 1 2 3 4 5 6 7 Woods, Alan (1990). Stalin and Stalinism. Abingdon, Oxon: Routledge. pp. 28. ISBN 9780415307321
- 1 2 3 Van Ree, Erik (2002). The Political Thought of Joseph Stalin: A study in twentieth-century revolutionary patriotism. London and New York: Routledge-Curzon. ISBN 0-7007-1749-8
- ↑ Kotkin, Stephen (October 15, 2015). Stalin: Paradoxes of Power, 1878–1928. Penguin. p. Chapter 12
- ↑ Channon, John (15 July 1998) (英語). Politics, Society and Stalinism in the USSR. Springer. pp. 20–21. ISBN 978-1-349-26529-9
- ↑ Smith, Stephen Anthony (2017) (英語). Russia in Revolution: An Empire in Crisis, 1890 to 1928. Oxford University Press. p. 288. ISBN 978-0-19-873482-6
- ↑ Ascher, Abraham (3 November 2016) (英語). Stalin: A Beginner's Guide. Simon and Schuster. pp. 1–256. ISBN 978-1-78074-914-3
- ↑ Roberts, Geoffrey (2022-02-08) (英語). Stalin's Library: A Dictator and his Books. Yale University Press. p. 153. ISBN 978-0-300-26559-0
- ↑ Hanson, Stephen E. (2000-11-09) (英語). Time and Revolution: Marxism and the Design of Soviet Institutions. Univ of North Carolina Press. pp. 232–233. ISBN 978-0-8078-6190-5
- ↑ 発売禁止に現れた出版界の傾向(一)『東京朝日新聞』昭和2年12月28日(『昭和ニュース事典第1巻 昭和元年-昭和3年』本編p275 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
関連文献
- Deutscher, Isaac. Stalin: A Political Biography. Oxford University Press. (1949)
- Service, Robert. Stalin: A Biography (2004)
- Trotsky, Leon. Stalin: An Appraisal of the Man and his Influence. The Universal Library. (1941)