一翁院豪

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一翁院豪
承元4年 - 弘安4年8月21日
(1210年 - 1281年10月5日)
諡号 円明仏演禅師[1]
没地 上野国世良田長楽寺
宗旨 臨済宗
師 無準師範、兀庵普寧、無学祖元
弟子 夢嵩良真、断岸元空、月庵自昭[2]
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一翁 院豪(いちおう/いっとう いんごう)は、鎌倉時代中期の臨済宗の僧[3]。

経歴・人物

寛元年間、はじめに宋に渡り[1]、径山の無準師範に参じる[4]。帰国後、上野国世良田の長楽寺の住持となる[1]。文応元年(1260年)、兀庵普寧が建長寺に入ると参じ、また弘安2年(1279年)には建長寺に入った無学祖元に一偈を呈して印可を受け、法嗣となる[4]。のち長楽寺に帰り、ほどなく示寂する[4]。

脚注

  1. 1 2 3 デジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『一翁院豪』 - コトバンク
  2. ↑ 人名規範資料庫、2019年1月22日閲覧。
  3. ↑ 上田正昭ほか監修 著、三省堂編修所 編『コンサイス日本人名事典 第5版』三省堂、2009年、116頁。
  4. 1 2 3 朝日日本歴史人物事典(朝日新聞社)『一翁院豪』 - コトバンク