一陽会(いちようかい)は、日本の美術団体。

二科会を脱会した鈴木信太郎、高岡徳太郎[1]、野間仁根を中心とし[2]、同じく二科会を退会した絵画12名、彫刻2名によって1955年(昭和30年)7月に組織された[3][4]。

概要

公募展を1955年9月から第一回を日本橋高島屋で開催、第4回からは東京都美術館で開催している。2007年の第53回からは六本木の国立新美術館に会場を変更し、今日まで開催されている。毎年大阪市立美術館でも開催されている。北陸では、5年に一度石川県立美術館で巡回展が開催されている。また、東京、大阪、中部、愛知、岐阜、福井、富山、長野、茨城、千葉、岡山などで各支部展やグループ展が活発に開催されている。

「一陽展」は、写実、具象、象徴、抽象、超写実などの多様な様式の、油彩画、アクリル画、版画、ガラス絵、水彩画などの平面領域[5]と、彫刻、造形の立体領域[6]の2部構成になっている。

「一陽会」発足の経緯は、一陽会が出版した「一陽会五十年史」や、創設者の一人、鈴木信太郎 (洋画家)の著書「美術の足音 今は昔」などの文献に詳しい。

書籍

脚注

  1. ↑ 高岡徳太郎 :: 東文研アーカイブデータベース
  2. ↑ 『一陽会』 - コトバンク
  3. ↑ 「一陽会五十年史」、美術の図書 三好企画、(2004)61-97.
  4. ↑ 「二科会のお家騒動 寝耳に水の脱会声明 脱会者、鈴木信太郎、野間仁根、高岡徳太郎の諸氏」「週刊読売」1955.7.24、P20
  5. ↑ 新井和夫:島根大学教育学部紀要、27-2(1994)25-48.
  6. ↑ 中村義孝他:「名作の作り方」展、茨城県近代美術館(2020)

一陽会 会員

関連項目

外部サイト

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