『三光』(さんこう)とは、第二次世界大戦後、中国の撫順戦犯管理所に収容された日本人戦犯が獄中で執筆した手記をまとめた書籍である。異常に残忍な戦争犯罪の数々とその反省を記した本書は議論を呼び、戦後の日本社会に衝撃を与えた。
1957年、中国側から手記の提供を受けた神吉晴夫の編集により光文社カッパ・ブックスシリーズの一冊として出版された。
1982年、中国帰還者連絡会編集により内容を一新した『新編三光』第1集が光文社カッパ・ノベルスから出版された。しかし写真誤用の指摘により絶版、1984年、再編集した『完全版』が晩声社から再版された[1]。
1957年版『三光』の前書きによれば、神吉らは、1956年夏、中国の旅客機に乗った際、備え付けの『人民日報』の日本人戦犯が軍事法廷で審判されるという記事で、戦犯が自分たちの犯した罪を謝罪し、今後、平和のために尽くすと書かれていたことに興味を覚えた。そこで、新華社通信記者呉学文に相談したところ、人民日報日本語版編集長康大川を紹介され、二百数十編ほどの手記が手元にあること、コピーを送るとの承諾を得た。2か月半後、82編、400字詰め原稿用紙1,589枚に及ぶ戦犯の手記が届いた。当時、戦後12年がたって、改めて戦争に対する反省の念への議論の契機となることを願い、この本を出版する決心をしたという[2]。
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掲載された手記
1957年版とは内容が異なる。
まえがき 「―反省なき民族―のために」・本多勝一
第1集 前書き 「反省なき民族」のために・本多勝一
第2集 前書き 戦争に正義はない・森村誠一
『完全版』は『新編三光』第1集の15編のうち10編が掲載され、刊行中止となった森村誠一前書きによる第2集があわせて掲載されている。 「胎児―妊婦の腹を裂く」「軍需工場―強制労働の実体」「群鬼―捕らえた農民の生き胆をとる」「良民証―問答無用の虐殺」「窒息―倉庫に押し込め窒息死させる」が掲載されなかった。
手記は長期に抑留され改造を受けた捕虜の記述のため、洗脳による信憑性に疑いがあるものだとする批判が多い。
一方で反論も多い。
1982年版『新編三光』第1集は、同じカッパ・ノベルスの森村誠一『続・悪魔の飽食』写真誤用事件の際に写真誤用が指摘され絶版に追い込まれた[1]。
多くの写真の出典・出処が記載されていないまま掲載されている問題がある。国民党による抗日宣伝『日寇暴行実録』(1938)からの転載が多い[10][11][注釈 2]。 確実な誤用としては、南京俘虜収容所の手足を失った捕虜の写真[12]を「逃亡されぬよう片足を切断された」としたもの[13]、「匪賊に殺害された朝鮮人幼児」と説明のある写真[14]を「惨殺された中国人の子どもたち」[15]としたものなどが掲載されている。
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『三光』
『侵略』
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