三条公茂

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三条公茂
『天子摂関御影』公茂公
時代 鎌倉時代後期
生誕 弘安7年(1284年)
死没 元亨4年1月9日(1324年2月4日)
別名 押小路内府
官位 従一位、内大臣
主君 亀山上皇→後宇多天皇→伏見天皇→後伏見天皇→後二条天皇→花園天皇→後醍醐天皇
氏族 三条家
父母 父:三条実重、母:中院通成の娘
兄弟 公茂、実忠
子 養子:実忠
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三条 公茂(さんじょう きんしげ)は、鎌倉時代後期の公卿。太政大臣・三条実重の子。官位は従一位・内大臣。押小路内府と号す。異母弟・実忠を養子とした。 

経歴

以下、『公卿補任』、『尊卑分脈』、『花園天皇宸記』の記事に従って記述する。

系譜

脚注

  1. ↑ 『花園天皇宸記』1月6日の条には、公茂のほかに右大臣花山院家定、関白一条内経らが従一位に叙せられたとの記述がある。
  2. ↑ 『花園天皇宸記』同日の条によると、才能に溢れていたとは言えないが公事に良く通じていた、という評がある。公茂の薨去を上皇が哀惜している様子が記されている。

参考文献