三浦恵子

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三浦 恵子(みうら けいこ、1975年3月16日 - )は、日本のホッケー選手。

岐阜県岐阜市出身。川崎重工業航空宇宙システムカンパニー所属。ポジションはディフェンダー。ペナルティーコーナーのシューターも務め、世界にも通じる豪快なシュートを放つ。

来歴

岐阜女子商業高校(現:岐阜各務野高校)でホッケーを始め、東海女子大学(現:東海学院大学)1年時に最年少で日本代表入り。

卒業後、ゴールドウインに入社。1999年には日本リーグ、社会人、全日本、国体の四冠を獲得。

2000年限りで休部となったため、翌年にはソニー一宮ブラビアレディース(ソニーイーエムシーエス一宮テック)に移籍。

2004年のアテネオリンピックで主将を務め、2008年の北京オリンピックにも出場を果たした。

北京オリンピック終了後の2008年8月20日、2008年シーズン限りでの引退を表明した。引退後は指導者を目指すという[1]。

2013年にソニー一宮ブラビアレディース(ソニーイーエムシーエス一宮テック)を退部し、2015年からは川崎重工業航空宇宙システムカンパニーに所属している[2]。

脚注

  1. ↑ ホッケー女子代表の三浦恵子が引退表明 日刊スポーツ 2008年8月20日
  2. ↑ 岐阜県グリーンスタジアム等のネーミングライツ(命名権)を取得 2016年06月23日